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 息巻いていた一行だったが、生憎と次の日から土日に突入。こればかりは学生の身分である以上、仕方の無いことだった。肩透かしを食らった格好だったが、それならそれと頭を切り替えられる辺りが、ソラという人間だった。

 残念ながら、晴れ間は一日と続かず、朝からしとしとと雨が降っていた。こういう日は、自室で文庫を読むのが常であったが、昼前には読み終わってしまって、手持ち無沙汰。とはいえ、やりたいことはあった。実は、読んでいた文庫は、上下巻構成の長編で、彼が読み終わったのは上巻だった。つまり続きが気になる。なら買いに行けば良いだろうという話だが、実はこれは購入したものではなかった。知人に面白いからと勧められて、ならば試しにと上巻だけ借りたという経緯である。

「ふーむ」

 青いシーツの上でゴロゴロと転がってみても、やるべきことなど何も浮かばない。どうしたものか。出来るならこの下巻を借りに行きたい所であるが、本日は土曜日。休みの日に押しかけて、物を貸してくれというのも、幾らか厚かましくはないだろうかと考えてしまい、どうしても決心がつかない。なお悪いことに、借りた相手というのが女子で、さらに遠慮が勝る。

 十分ほど、ベッドで芋虫していたソラだったが、やがて暇には勝てず、メールだけ送ってみることにした。

<借りてた本読んでみたよ。面白かった。王道の構成だけど、先が気になるね。もし都合つくなら、今から下巻借りに行って良いかな?>

 こんなものか。送信ボタンの前で、また数十秒固まってから、ようやく押した。携帯を放って、巻末のあとがきを何の気なしに流し読んでいると、すぐに携帯が震える。メールを送って五分と経たないくらいだろうか。

<いいですよ。ちょうど暇していたところなんです。今からいらっしゃいますか?>

 慇懃な彼女は、メールでも丁寧な口調だ。すぐに向かう旨返信して、パーカーを羽織って家を出た。


 相川ヒナタは、ここ数日のことをぼんやりと思い出していた。

 少し強引だったと自分でも思う。探偵部のやることに首を突っ込んだ件である。普段の引っ込み思案の自分からは考えられない行動かもしれない。いや、実はそうでもないかもしれない。何故なら、彼が関わっていたから。

 彼とは一年以上の付き合いになるが、思えばファーストインプレッションから、そう悪いものではなかったと覆う。前三年生が抜けて、文化部の活動条件、部員四人以上の条件を割ったところへ、ヒナタが入部した推理小説研究部。しかし彼女が入ったとして、新三年生の雲子と彼女だけ。入ってくれた早々悪いんだけど、この部、このままじゃ廃部なんだよね、とその雲子に最初に説明された。昔から大人しい子と評されるばかりの自分には、読書くらいしか趣味がなく、ここがダメなら部活は無理かなと諦めかけていた時である。

 いきなり自分と同じ新一年生が部活に入りたいと門を叩いた。文字通り叩くような勢いがあった。自分は探偵部をやりたいけど、人数が足りない。だから、ギブアンドテイクといこう。堂々とそう言い放つバイタリティは自分では一生かけても手に入れられないものだろうと、ある種羨望すら抱いた。それでも足りないからと断る雲子は、どちらかと言うと無礼な下級生に気分を害していたようだったが、ツキはならば明日また来ると言って帰っていった。

 そして宣言どおり、翌日に、一人男の子を引っ張ってきた。短い髪の、眠たげな瞳をした男子だった。薄い唇を苦笑の形に固めて、少し垂れ下がった目尻とあいまって、優しそうな人だという印象だった。気の弱そうな男子を無理矢理引っ張ってきたのかと思ったが、どうも話を聞く限り、長い付き合いであるらしかった。そう言われて見てみると、男の子が彼女を見る目は、どこか妹や娘を見るような優しい諦めの色があった。しょうがねえな、と笑うと小さなえくぼが出来た。小窪ソラ、といった。ソラとツキ。面白い取り合わせだななんて思った。

 彼は概ね、見た目どおりの人だった。ツキとは違って、既存の部員である、推理研の面子にも、友好的に接した。見た目からはわからなかった部分の一つとして、彼は中々読書家だった。最初は人見知りしていたヒナタだったが、新書の話を振られて、色々答えているうちに、知らぬ間に普通に話せるようになっていた。今思い返すと、彼の趣味は読書にとどまるわけではないので、意図的にそういう話を振ってくれていたのだとわかる。見知らぬ人間と仲良くなる常套と言ってしまえばそれまでだが、ヒナタにはその心遣いが嬉しかった。

 もう一つ。見た目からわからなかった部分。それはツキとの関係だった。確かに行動力があるのはツキの方ではあるが、その実、上手く手綱を握っているのはソラの方だった。ツキ自身、それは自覚しているのか、ソラの言うことはキチンと聞くらしかった。どころか、行動を決めた後の具体的な部分は、ほとんどソラに丸投げするという格好だった。加えて、日常生活で振り回すのはソラの方である。下ネタを惜しげもなくつぎ込み、ツキがそれを受けて顔色を青くしたり赤くしたりと忙しくしている。

 二人とも一癖も二癖もあるが、ヒナタとしては、やはりソラの方が付き合いやすく、実際に心を許している部分がある。ツキのような行動力は自分には無理だが、ソラのような人間にはなれるかもしれない。そんな風にも思う。だが同時に、あの処世術は彼のような社交性があって始めて出来るものなのだろうとも思う。

 なんにせよ、気付けば、彼に憧れるようになり、その近くが最も居心地の良い場所になっていた……

「ふう。こんなものかな」

 先程焼きあがったクッキーを、バスケットに盛り付ける。メールを貰ってから、気もそぞろで、何かやっていないと落ち着かなかった。その末に、こうして彼をもてなすべく、菓子作りなど始めるのだから、自身への苦笑をヒナタは禁じえなかった。

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