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 まとめ終わる頃には、雲子は部室を辞していた。「まだそんなつまらないことをしているとは呆れてものも言えない」と捨て台詞を残してくれて、ツキなどは目もあわせなかった。

「先輩、今日も早かったね。用事でもあるんかね」

「私たちが遅くまで残っているとも言えますよね」

 まとめている最中も、輪に加わりたそうにチラチラ様子を窺っていたヒナタが入ってきやすいように、ソラから声をかけた。部長さえ居なくなれば、冷戦構造はややデタント。もっとも、そうやって盟主の顔色を窺ってコウモリのように立ち位置を変えるヒナタの性質をこそ、ツキは気に入らないのではないかと、ソラはにらんでいるが。

「すいません。私も協力できたら良かったんですけど」

「いーよ、いーよ」

 ヒナタは悪い人間ではないが、あまり社交性という部分には期待できないことは、ソラも十分に知っている。だからこそ、生徒間での情報収集を、ソラとツキの二人で担った。適材適所という言葉もある。彼女には違う場所でこそ、力を発揮できることもあるだろう。

「それで、結局どうするかだよな」

 ソラは、話題を変えるようにして、その実、本質的なことを口にした。

「どうするって?」

「いや。ナッスーも言ってただろう? 教師が動くから、信用しろって」

「手を引くかってこと?」

「そうだな」

「えー。ここまで来て、やめるの?」

「ここまでもクソも、まだちょっと情報集めてみたくらいだろうが。降りるなら今のうちだろう」

「やだやだ。つまんないじゃん」

「まあ、そう言うとは思ったけども。うーん、ヒナタはどう思う?」

 話をふられると思っていなかったのか、ヒナタはやや面食らいながら、

「え? ええっと。私はその……」

 ツキとソラ、二人の顔を交互に見比べる。

「お二人の思うようにするのが、良いんじゃないかと」

 二人で出した結論に従うということらしい。やめるのなら、やめる。やるなら、手伝う。そういうことらしかった。

 ツキは、さもつまらないものを見たという顔で「はん」と間投詞を挟んでから、

「まあこっちは手伝ってとは一言も言ってないもんね。相川さんの意見でどうこうする気もないし」

 と、そっけなく。ヒナタは俯いてしまった。

「はあ。わかったよ。じゃあ続行ってことで良いか?」

「え? いいの?」

 パッと輝く笑顔。時節に則れば、梅雨時のアジサイのようとでも表現すれば良いのだろうか。

「こっちのボスはお前だろう。まあお前がやりたいってんなら、止めやしないさ」

 主体性のなさなら、ヒナタとどっこいどっこいな意見だが、ツキは気にした風もなく、やったーと大喜び。

「まあ、愉快犯だろうから、そう危険はないと思うけど、いざ危ないと判断したらやめさせるからな?」

「うんうん。そのときは、ソラが守ってくれるもんね」

「……本当にわかってんのか」

 ソラの諦め混じりの呟きは、はしゃぐツキの耳には届いていないようだった。


「根本的な疑問なんだけどさ」

「うん?」

「傘にウンコ入ってて、気付かないもんだろうか?」

「人それぞれだと思いますよ。気付く人が、さっきお話にもあったように事前に事無きを得ている。気付かない人が、最悪頭からかぶってしまう」

「まあそれもそうか」

 世の中には鋭い人も居れば、鈍い人も居る。極々あたりまえのことだ。

「いやさ。どうしても、納得いかないんだよ。下駄箱の方ならまだしも、教室の傘立てに入れていた人間は、その傘立てから傘を持って外に出て、開くだろう?」

「ええ」

「その間、傘持って校舎内歩いているんだ。ちょっと重いなとか思わんものか? それに、匂いとかはどうなんだ?」

「それは……」

 ソラの言葉を受けて、二人は言葉に詰まる。そう言われると、如何に鈍い人間と言えど、気付く可能性もありそうにも思えてくる。

「ツキ、お前、今日は傘持ってきてるか?」

「え? うん。五十パーだったし」

「オッケー、良い子だ。今からお前の傘に実際ウンコを入れて試してみよう」

「嫌だよ!」

「なんだ? 事件を解決したくないのか?」

「今日のはお気に入りなんだよ。ソラのに入れようよ」

「俺のは折り畳みだから参考にならんて」

 ギャースカ、ギャースカ。やんややんや。

「まずもって、入れるウンチが無いんじゃないですか?」

「そうだよ! 馬鹿なこと言って! どうするのさ」

 確執も忘れて、ヒナタの助け舟に乗っかるツキ。

「待ってろ。今、とっておきのを……」

 カチャカチャとベルトを外しだすソラ。

「ぎゃー! 何やってんの。しまいなさい!」

 幼馴染ふたりがじゃれあっていると、不意に、ヒナタが声を上げた。頭上に豆電球でも光らせていそうな表情だった。

「人糞とは限らないでしょう! っていうか、普通に考えたら、その可能性は低い」

「え?」

「うん?」

「当然ですが、人と動物の糞では、重さや匂いも違うでしょう」

「あー、なるほど」

「え? どういうこと?」

 一人おとぼけのツキと、得心がいったソラ。

「つまり、俺たちはウンコと言われて、まず身近な自分たちが生み出すのを思い浮かべた。当然、それ相応の重みを想像するし、匂いも自身の鼻でかいだ反吐の出そうなアレだ」

「あたしのは、そんなおっきくないし、臭くないもん!」

「だけど、冷静に考えてみると、自分で出したクソを持ち出して、人の傘に放り込むってのは現実的じゃない。心理的に抵抗があるのが普通だ」

「他人のウンチもいやだよ?」

「そこで、人糞じゃない可能性だ。例えば、動物を飼っている人間なら、その動物の糞ならさほど抵抗がない場合もある。具体的には犬猫だな」

「猫の場合、強烈な匂いでしょうから、その二択なら犬でしょうね」

「ああ」

「ちょっと待って。でも、犬のウンチだって臭くないってことはないじゃんか」

 人よりは味の濃いものを食べてはいないだろうが、それでも無臭というわけにもいかない。ツキの指摘ももっともだった。

「そうですね。だとすると、しばらく置いておいたモノならどうでしょう? 多少は匂いも緩和されている筈です」

「道路の端にある、あの毛まみれのヤツだな」

 あそこまでいくと、糞というより毛玉といった体だが、方向としてはそういうことだった。

「それに量の問題もあります。人間だと、一日だいたい、百五十から二百グラムの排泄量ですが…… これが、自前の犬を二匹、三匹と飼っていたらどうでしょう?」

「そうか。ウンコ製造機が二機、三機となるわけだな」

「ちょっと、ウンコ製造機とか言わないでよ。ウチだってワンちゃん飼ってるんだから!」

 ツキの家には「銀次郎」と言う名の、白い大きな犬が居る。

「全て憶測の域は出ませんが、ウンコ製造機が幾つかあれば、犯行がスムーズに進むでしょうね」

 にいと口元を緩ませるソラとヒナタ。なんだかんだで、探偵部部長のツキより、よほど二人の方が推理好きなのかもしれない。

「よし。この仮説を裏付けるためには、実際の犯行件数と、その間隔。更に証拠物の発見、あたりだろうか。指針が見えたな」

 テンションも高く、ソラは宣言した。

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