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「一度、現状でわかっている情報を整理してみましょう」

 部室へと退却してきた三人。席に着くや、ヒナタがそう切り出した。鞄から取り出したペットボトルのお茶で、口を湿らせて、ゆっくりと黒縁メガネを中指で押し上げる。

「まさかダミーカメラなんてね」

 ツキは彼女の提案を無視するように、今しがた得られた情報に歯噛みするような声で言う。

「結構、ああいうのって高いって聞いたことあるしな。ウチみたいな万年赤貧のしょうもない公立じゃ、全部のカメラを本物ってわけにはいかないんだろうな」

 本物を配置するにしても、せいぜいが、正門前や正面玄関、職員室周りくらいだろうか。

 ソラは顎を揉みながら、次にヒナタの提案に向けて言葉を探す。

「とりあえず、今わかってんのは、傘にウンコを放り込む輩が居る。単独犯か複数犯かもわからず、件のカメラが偽者ってことで、内部犯か外部犯かも定かじゃない。被害は梅雨入りしてから増加の一途。なあ、ヒナタ。学校側は何か対策打ってんのか?」

「特に実効的なものは無いですね。先週の全校集会で校長が注意を喚起したくらいでしょうか」

「ああ、あの校長禿げてるもんな。傘にウンコなんて入れられたら、地肌にダイレクトアタックってことか。校長が一番気をつけた方が良いんじゃないか?」

「ダイレクトアタックかは知りませんけど、今のところ、学校側の対応としてはそれくらいですね。まあ、悪戯の域を出ないですし、下手に警察なんかに知らせて大事にしてもって感じじゃないですかね」

 となると。これからもあまり学校に期待は出来ないだろう、とソラは踏む。先程彼自身が言っていたが、公立高校らしい、公務員体質が通弊となっており、有体に言ってしまうと、この学校の職員はやる気がない。

 これから事件の増加に歯止めが利かないようだと、さすがに重い腰を上げることもあるだろうが、現状維持くらいだと、なあなあで済ませそうな空気はある。どうせ、梅雨があければ、傘の利用機会も減り、自然消滅するだろうから、精々が一ヶ月足らずくらいの話である。PTAが余程きびしく突き上げでもしない限り、善処している、目下調査中、とでも言っておけば、のらりくらりといけそうである。

「でも好都合だよね」

 それまでやや会話の輪から外れていたツキが、不敵な笑みを口元に浮かべて言う。いつの間に食べたのか、チョコレートの食べかすを口の端に付けていなければ、少しはサマになっていたかもしれない。

「好都合って、校長が禿げていることか? 確かに、アレにウンコがついたらゴルバチョフみたいになって威厳も出るかもしれないけど、いささか不謹慎じゃないか?」

「不謹慎はソラだよ! そんなこと考えもしなかったよ!」

 手をぶんぶんと上げ下げして抗議する。オランウータンの子供みたいだ、とソラは思ったが話が進まなくなりそうなので口にしないでおく。

「あたしが言いたいのは、手柄をあげるチャンスだってことだよ」

「あー」

「気のない返事だね」

 ツキに睨まれて、ソラは軽く手を上げて降参のポーズ。争う気はないですよ、とジェスチャー。

「そうですね。現状、情報もろくにないですけど、ここは一つ、各々推測を立ててみませんか?」

 ソラの旗色が悪くなりかけたところで、ヒナタから助け舟。こういった気配りが自然と出来る辺りが、彼女の美徳だとソラは密かに好感を持っている。ツキも一瞬で食いついて、探偵部らしくなってきたと喜色満面。市井の探偵など、ほとんど浮気調査や素行調査ばかりだとは、二人とも思っても口には出さなかった。

「そうだなあ。まず、俺は犯人は内部の人間だと思う」

「どうして?」

「あの場所のカメラがダミーだとしても、さすがに主だった出入り口に構えたカメラは本物だろう? 不審者侵入となれば、ウンコどころの話じゃなくて、もっと問題になっているさ」

 一応、学校の周辺地図を紹介しておくと、東側はほぼ全域にわたって、消防署に隣接している。梅雨の季節は商売あがったりとは言っても、まさか隣の学校に忍び込んで生徒の傘に糞を忍ばせようなどという暇な隊員は居ないだろう。隊員でなかったとして、東側から侵入しようというのなら、まず消防署に無断で侵入した後、フェンスを乗り越え、校舎へと侵入という運びになる筈だから、多分にリスキーである。東側は捨てて考えて良いだろうとソラは思う。

 南は住宅街の道路に面しており、一番外部の人間がうろついても不審に思われないだろうが、それにしても学校への侵入となると難しい。まず学園の外壁、これが二メートル強の高さがあり、登るのが容易ではない。加えて、校舎の正面が南向きになっており、必然的に窓から見える。そんな場所でゴソゴソとロッククライミングしていれば生徒の誰かが気付くか、はたまた向かいの住宅街の人間に気付かれる。よほど豪気でも選ばないだろう。中央の正門から堂々と入るという手もあるが、さすがにあの場所の監視カメラは本物だろうとあたりをつけている。

 北には裏門があるが、条件としては正門側と同じで、西には大きな川が流れていて、向こう岸までは三メートルほどある。

 以上が地理的要因。現実的な考えとしては、そこまでのリスクを仮に負ってでも侵入して、やることが悪戯のみというのはあまりに割に合わないということ。そこらへんを総合的に考えて、外部犯の可能性の低さを二人に説いた。

「すごいすごい! ソラ、探偵さんみたいだよ! いつもそうならいいのに」

 ツキは大喜び。ご褒美とでも言うのか、鞄から取り出したチョコレートの包みを一つ手渡してくるが、ソラは苦笑してやんわり断る。先程、既に一つ貰っていたが、見事にしけっていたのだ。

「お前は何か無いのか? 言いだしっぺだろう」

「ええっとね。多分だけど、外部犯の可能性は低いんじゃないかな」

「まさかの丸パクリかよ。聞いた俺がバカだった」

 ソラは脱力して、ぐてんと机に肘をついた。そして、少なくとも彼の幼馴染の数倍は思考力に優れた同級生に目を向ける。ヒナタはまたもメガネにくいと指を当ててから、

「そうですねえ」

 と思案顔でうけあう。

「私が聞く限り、教職員に被害は出ていないみたいです。未確認情報ですから、信憑性もないですけど、確かに、先生方で被害にあったという話はとんと聞きません」

「何だよ、知っている情報があるんなら、さっき出してくれよ。書記長スタイルの校長は見れないってことじゃんか」

「すいません。でも、今言ったとおり、別に確認を取った確定情報ってわけじゃないんです」

 少し申し訳無さそうに、どんぐり目が下を向く。責める意図はなかったソラとしては、首の後ろをかく。

「それで、まあ、私の耳が良い方だと仮定して…… 犯人は生徒だけを狙っていることになります。私怨か、悪戯の標的として年長者は定めにくいのか……」

 歯切れ悪く。あくまでも仮定に基づいた推測だと言いたげで、それきり黙ってしまった。室内に沈黙がおりかけた頃、

「くちん」

 ツキが小さなクシャミをする。セーターの袖を目一杯伸ばして、先っちょを指で掴んで、ぶるりと体を震わせた。ソラが窓の外を見ると、灰色の空の端を、徐々に紫紺の色合いが侵食を始めている。頃合だった。

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