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 残念ながら大盤振る舞いの持ち帰り自由の触れ込みは、無意味であった。

 スコップで小山に切り込みを入れると、見た目より幾分あっさり山は瓦解した。外面は雨に濡れて粘質に見えたが、内側は意外に脆かった。ここ数日の湿度の高低、降ったり止んだりの天気が、劣化を激しくしていたようだ。コロコロと転がり落ちてくるものまであり、ソラが慌てて手を引っ込める。

「外はしっとり、中パサパサか」

「食パンみたいに言うな!」

 幼馴染の気安いやり取りの合間に、ヒナタがメガネの奥で目をしぼる。

「ソラ君、見てください」

 転がり落ちてきた糞を、ぴっと指差す。地面に転がった細長いそれ。千切れた断面から何本か、毛が飛び出している様は、うまく削いで繊維質を飛び出させた牛蒡を思わせた。「こいつは手間が省ける」とソラ。スコップの先端で転がしていって、コンクリート床の上まで連れて行く。それに続くツキの手には、いつの間にやら小枝。近くの木から手折ったらしく、断面はまだ瑞々しかった。しゃがみこむとウンコに突き刺すようにして、押さえる。その間に、ソラがスコップでウンコを解体していき、ものの数十秒で数本の体毛を取り出した。「阿吽の呼吸ですね」と呟いたヒナタの声には、多少の寂しさが滲んでいた。

 近くに備え付けのホースがあったので、拝借し、掬い出した体毛に水をかけていく。纏わりついていたウンコの破片が洗い流されていき、やがて毛だけになる。ソラは制服の外ポケットからハンカチを取り出すと、その毛を包み込むように拾う。古くなって捨てようかと考えていたハンカチだ。ここら辺の周到さは、前回の教訓である。

「あー。白か」

 ハンカチが白地なので、同化しているようにも見える。見事な白毛だった。

「前回の二種類とは別種でしょうね」

 あの時は彩香という専門家に見てもらったが、コレは誰が見ても、それらとは別の犬の毛であることが明白だった。ソラとヒナタが揃って渋面。ツキはそんな両者の顔を見て、遅れてどういうことか把握したようで、やはり落胆の色を滲ませた。

「とりあえず、他のも見てみましょう」

 一度おおきく頭を振って、ヒナタが提言。ソラたちは黙って頷き、同様の作業を他二つのウンコに対して行ったが、それぞれ明るい茶色、人の毛のような黒色、とやはり前二種とは明らかに異なる色合いの毛を発掘する結果に終わった。


 誰に見せるでもないが、証拠として写メールを撮っておく。カシャと無機質な音がやけに響く。いつの間にか、天気は小康状態で、雨音は遠のいていた。しゃがんでいたソラは、携帯をしまうと、一つ膝を叩いて立ち上がった。振り返ると、不安げに揺れる四つの瞳が彼を見つめていた。

「ふりだし、だな」

 犯行に使われたウンコから、犬種を特定し、そこから必然的に飼い主つまり犯人についても炙り出そうという方向性は、頓挫の憂き目を見たことになる。犬種の特定はしきれていなかった。掘れば掘るほど、違う犬の毛が出てくるのでは、お手上げである。

「こうなると勇み足だったと言わざるを得ないな。先にもっとサンプルを手に入れてから、考えるべきだった」

「……仕方ないよ。飼い犬のウンチを使ってる可能性が消えただけでも、よしとしようよ」

「そうですよ。ソラ君も自分で言ってたじゃないですか。一個一個つぶしていくしかないですよ」

 やや消沈気味のソラに、二人は異口同音に励ます。ソラは苦笑で返す。

 だが、その実、楽観視の出来ない状況であることは、三人ともわかっていた。凶器から犯人を特定するという手段は、最もオーソドックスであり、王道である。特に今回のように、凶器以外に手掛かりが皆無に近いケースでは、一番効率的と言えそうだ。まして彼らは一介の学生であり、警察のような捜査能力を持つわけでもなし。現状最有力の方法を封じられたに等しく、ふりだしはふりだしでも、一番大きな道を行ってみて、行き止まりで戻ってきた状態だ。この道ならさすがに何かしら成果があるだろうと歩み始めた道に裏切られ、疲労困憊のままスタート地点。ダメージは推して知るべしかな。

「とにかく、今日は一旦かえるか」

 あまり暗くならないように努めたつもりだが、いつもの調子は出なくて、そんな自分の声にさえ舌打ちしたくなった。

「ソラ、那須原先生には?」

「え?」

「ほら、アンケートの件で」

「あ、ああ。そっか、そうだった」

 もしかしたら、この中で一番冷静なのは、ツキなのかもしれない。ソラはそんなことをぼんやり思う。

 持ち帰ることもない、古いハンカチはすぐ近くの焼却炉の中へ放り込んで、三人は校舎に引き返す。道中、あまり会話はなく、結局つかわれることのなかった空のビニール袋を、ツキがポケットの中で弄る音だけがソラの耳に残った。

 那須原はまだ職員室にいた。ちょうど、見回りを終えた時間らしく、生徒会長と雲子もその場に居合わせた。やや雨に濡れた三人を見ると、教諭は面食らい、会長は無反応、雲子は怪訝そうに、それぞれ表情を作った。

「なんだ、お前らまだ残っていたのか?」

「ええ。先生は見回りですよね、ご苦労様です」

 ソラが事務的な声で応える。

「その様子だと、お前らもまた例の犯人探しやってたんだろう? じゃあそっちもご苦労さんだ」

 先程の用務員と同じように、他意のない笑顔を浮かべる那須原だったが、正直ソラとしては今は勘弁して欲しかった。何故なら、

「君たち、性懲りもなくまだやってたのか」

 会長が、うんざりしたような声音で割り込んでくるから。

「本当に暇ね。小窪君も、ヒナタも、雛森さんのお遊びに付き合って、こんな時間まで」

 雲子も勿論アゲインスト。あれから紆余曲折あり、お遊びでも興味本位でもなくなったわけだが、二人はそれを知らない。さりとて、それを説明するのも、今は億劫だった。

「まあまあ、二人ともやめとけ。別に悪いことしてるわけでもなし」

 微妙な空気を察して、那須原が火消しに入る。

 それからすぐに生徒会の二人は退室し、那須原と三人だけが残された。肩口の濡れた三人の制服を見て、那須原はホットの紅茶を人数分いれてくれた。その優しさに溜飲を下げながらも、ソラは報告を済ませる。それは残念だったなと繰り返す那須原に見送られながら、三人は帰路についた。

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