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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

血王

作者: ikhisa
掲載日:2026/06/27

 堂々たる体躯を持つ二人の男が、真昼の太陽がジリジリと降り注ぐ草原で、剣を手に向かい合っている。

 黒の短髪に彫の深い顔をした、精悍な青年の名はザルギア。深い反りを持つ曲刀を片手で持ち、目の前の男を静かな目で見つめている。

 胸ほどまである黒の髪を紐で軽く結い、整った顔立ちをした青年の名はゼフィルス。両刃の長剣を両手で持ち、その切っ先を相手の喉元に向けている。


 ザルギアが緩やかに曲刀で弧を描きながら、滑るように足を動かし、ゼフィルスの側面へ回り込もうとする。ゼフィルスは回り込まれないように、長剣の切っ先を喉元に向けたまま、姿勢を保ち旋回する。

 ザルギアが一瞬だけ目線を切った。その刹那、ゼフィルスの鋭い突きがザルギアの喉元を襲う。だがその動きを予期していたザルギアが、曲刀の反りをもって突きの軌道を逸らしに掛かった。

 曲刀と長剣の刀身が触れた瞬間、ゼフィルスが長剣を巻くように動かし、曲刀越しにザルギアの体幹を崩しに掛かる。それに合わせてザルギアは手の内を器用に返し、曲刀の峰で長剣を御しながら、掻い潜るように切っ先をゼフィルスの手元へと這わせた。

 ゼフィルスは体当たりをするように、長剣で曲刀の峰を擦り上げて押しやり、互いの距離を縮めに掛かる。ザルギアが曲刀を両手で持って押し返しにかかった。

 互いの持つ刃が自らに向きあう、均衡した鍔迫り合いとなった。均衡の最中、ザルギアは曲刀の切っ先をねじ込もうと試みる。

 不利な均衡を嫌ったゼフィルスが、太腿のバネのみで踵を蹴り、一瞬で後退に掛かる。その一瞬に合わせて、ザルギアが同速で歩みを進めた。歩みと共に曲刀から左手を放し、腰に差していた短剣を抜く。ザルギアはそのままゼフィルスに体を押し付けると、肋骨の下から抉るように短剣を突き刺した。

 短剣が肝臓を抉り、中にある太い血管を切り裂く。ゼフィルスが剣から右手を離して短剣を奪い取ろうとするが、その前にザルギアが短剣を捻った。捩じられた短剣が血管を切り開き、膨大な量の出血が始まる。

 ゼフィルスの血圧が急激に下がり、脳がその機能を低下させ、平衡感覚を損失する。脇腹からは黒い血が溢れるように吹き出し、地面を染めていく。ゼフィルスは消えゆく意識の中で敗因を探すが、それが生かされることは最早ない。

「兄さん……」

 ゼフィルスは跪きながら、自身の腹違いの兄であった、最後に自身を喰らう者の名前を呟いた。


 勝敗は、決した。


 ザルギアがゼフィルスを抉った短剣を見つめる。刀身には付いたばかりの血脂が纏い、赤黒い宝石のように輝いている。ザルギアがその目をゼフィルスへと移す。ゼフィルスは自らが作り出した血の海に伏せっていた。

「ゼフィルス……」

 ザルギアは自分が殺した者の名を、自分が喰らう者の名を、自身の弟でもあった者の名を口にした。


「見事な勝利だったな、ザルギア!」

 そう言って手を叩きながら、完全に白くなった髪に、深い皺の入った壮年の男が、ザルギアへと近づいてくる。決闘の立会人であり、彼らの叔父でもあるゼザルだ。

 息を切らせているザルギアに、ゼザルが賞賛を送る。

「実力は伯仲していたが、一瞬の判断の差が勝敗を分かったな。あの刹那の切り替えは見事だったぞ!」

 呼吸を整えたザルギアがゼフィルスを見下ろす。ゼフィルスは既に事切れていた。

「アイツは鍔迫り合いになると、いつもああやって下がるんです。いつも注意していたのに、最後まで直らなかった……」

 ザルギアはゼフィルスと共に鍛錬していた日々を思い出す。ザルギアとゼフィルスは共に育ち、共に遊び、共に学び、戦場では共に背中を預けて戦う。そんな間柄だった。

 それを聞いてゼザルが更に賞賛を重ねるが、ザルギアの耳には入ってこない。眩暈がし始め、頭がグルグルと回るような感覚を覚え始めた。

 そんなザルギアに、一人の少年が駆けよって来る。黒髪に帽子を被った、整った中性的な顔をした少年のようだ。

「大丈夫ですか?ザルギア様」

 少年は心配そうな顔をしながら、手に持った手ぬぐいでザルギアの汗を拭う。少年の声が耳に届き、我に返ったザルギアは、拭われるままになりながら答える。

「大丈夫だ。すまないな、タンラン」

 そう言ってザルギアは、タンランと呼んだ少年を優しい目で見下ろした。タンランはザルギアが持ったままの短剣を拭おうとしたが、ザルギアはそれをやんわりと制しながら言う。

「これは……大丈夫だ」

 そう言うと、ザルギアは事切れたゼフィルスへゆっくりと近づいて行った。

 

 

 日が沈み、星月が支配する真夜中となった。

 全てを終えたザルギアが、いくつもの白い円筒状のテント張られている集落へと戻っていく。集落の中央には巨大で壮麗なテントがそびえ立ち、そこから放射状にいくつものテントが立ち並ぶ。ザルギアはその最も外れにあるテントへと戻って行った。

 ザルギアがテントの入口を無言で潜ると、テーブルに座っていたタンランが立ち上がり、ザルギアへと駆け寄っていく。

「ザルギア様……」

 タンランが心配そうにザルギアの青ざめた顔を見つめ、その細い指で頬を撫でながら呟いた。ザルギアは無言で撫でているタンランの腕を掴み、装飾の施された木製のベッドの方に引きずるように連れて行く。そしてベッドの上へ投げるように転がした。

 その弾みでタンランの帽子が外れ、その下に隠されていた黒い長髪が解き放たれた。テントの中央から照らし込む月明りが、その黒髪を鮮やかに照らし出す。

 乱れた黒髪の間から、タンランが上目遣いで縋るようにザルギアを見上げた。

 その目がザルギアの嗜虐心をそそった。ザルギアがベッドに上がり、タンランの衣服を乱暴に剥ぎ取っていく。タンランはされるがままになりながら、笑みを浮かべて呟く。

「そんなに急がなくても、僕は逃げませんよ」

 衣服を剥ぎ取られたタンランの胸を締め付けている、白い厚手のサラシが露になった。ザルギアが背中からサラシを外そうとするが、固くて中々外れない。タンランはクスリと笑うと、その細い指を肌とサラシの間に差し込んだ。暫く探るように指を動かすと、固かったサラシが外れて解け落ちる。タンランの薄い胸の内に秘められていた、女が姿を現した。

 タンランがその細い首を傾けてザルギアの顔を覗き込むように仰ぐ。もはや自らを抑えきれなくなったザルギアは、その欲望のままにタンランを貪り始める。タンランはザルギアの望むものを、望むだけ与え続けた。

 

 果て切ったザルギアが、タンランの膝に頭を埋めて倒れ込んでいる。タンランはその細い指でザルギアの髪を撫でている。

 ザルギアが懺悔をするかのように呟き始めた。

「俺は、ゼフィルスを、弟を、殺した……」

 タンランは目を細めザルギアを優しく撫で続けながら、静かな声で囁く。

「いつも、お話してくれましたね。子供のころから喧嘩仲間でもあった弟の、ゼフィルス様のお話を。よく二人で馬を盗んで乗り回し、二人で怒られたと。そんな話を楽しそうにしているザルギア様を見て、僕はいつもゼフィルス様に嫉妬していました」

 タンランがザルギアの耳に被さる髪の毛を指でかき上げながら、続ける。

「ザルギア様がゼフィルス様を刺すとき、どんな気分でしたか?喰らった時は、どんな気分でしたか?」

 ザルギアは震え、タンランの膝に顔を埋めながら、自らの罪を懺悔し続けた。


 全てを吐き出しきったザルギアが、ぐしゃぐしゃになった顔を上げてタンランを見つめる。タンランは悲しそうな顔をしながら、ザルギアの顔を両手でそっと抱きしめる。

「僕のために、罪を背負ってくださったのですね。申し訳、ございません……」

 そう言ってタンランは自らの額を、抱き寄せたザルギアの額にそっとあてがった。

「貴方なら、きっと王になれます。なって下さい。僕の、僕たちのための」

 ザルギアは涙を浮かべながらタンランへ縋りつく。月明りに照らされるタンランは、女神のような微笑みを浮かべながら、ザルギアを抱きしめ続けていた。

 


 昨年、ザルギアたちの一族を収めていた王が亡くなった。力を尊ぶ一族の王であった男は、このような遺言を残していた。


 次の王は、息子どもで喰らい合って決めろ!

 

 王には数十もの子供がいた。王座を狙う王子が各地から集まり、殺し合いが始まった。

 ザルギアは当初、この継承戦には乗り気ではなかった。新たに君臨した王に仕えらればそれでいい。母の出自が低い自分には、それが相応だと、自分に言い聞かせた。

 狼の群れに襲われていたタンランを助け、その夜にしとねを共にした彼女に縋るように頼まれるまでは。

 

 タンランは涙を浮かべながら、ザルギアの胸で慟哭した。

「僕は女として生まれました。ですが男子を望んでいた母が、僕を男として育てたのです。ですが体格に優れない僕では、どう頑張っても男としては勝てない。男にもなり切れず、かといって女にも戻れない。もう、嫌なのです!こんなことは、もう……」

 タンランは濡れる瞳でザルギアの目を見つめながら続けた。

「ザルギア様。王になって下さい。僕が、僕のような者が、ありのままに生きられるように……」

 少年のようであり、少女でもあるタンランの震えるような瞳に、ザルギアは飲み込まれた。庇護心と嗜虐心を煽るタンランを、自分の物にしたいと思ってしまった。

 

 こうして彼は、継承戦に名乗り上げた。


 

 王座を求めているのはゼフィルスだけではない。ザルギアは一族の男と戦い続けることになった。

 競争相手である兄弟と戦い、勝ち、喰らい続ける。

 戦った夜は、決まってタンランを求める。タンランはそれに答え、情事の終わったあとの懺悔を、女神のような顔で受け止め続けた。

 

 

 ザルギアは勝ち続け、最後の兄弟との戦いが終わった。

 自身の血と返り血で真っ赤になり、跪いているザルギアに、ゼザルが賞賛を送りながら近づいてくる。

「いよいよ、次が最後の戦いになる」

 それを聞いたザルギアが、目をしかめながらゼザルに問う。

「どういうことですか?私は、全ての兄弟を倒したはずだ」

 ゼザルは顎をさすりながら答える。

「私もそう思っていたのだがな。どうやらもう一人、いたらしい。お前の年下で弟に当たる。継承権を持つことは確認出来ている」

 ザルギアが歯をむき出し、唸るような声でゼザルを問い詰める。

「この最終段階になって、今になって声を上げるなどとは。貴方はそれを咎めることもなく、受け入れるのですか?これまで勝ち進んできた私が馬鹿みたいではありませんか!?」

 ゼザルが困ったような顔をして答える。

「まあ、それはそうなんだがな。だから受けるかどうかは当事者で決めてくれ。お前が断わるならば、戦わずともよい」

 そう言ってゼザルが後退していく。そのゼザルと入れ替わるように、一人の少年が前に進み出た。黒髪に帽子を被った、整った中性的な顔をした少年だった。

 ザルギアが目を見開き、その少年を、タンランを見上げる。タンランがいつものように心配そうな顔をしながら、ザルギアを見つめて言う。

「酷いお怪我ですね。大丈夫でしょうか、ザルギア様」

 ザルギアは声を失い、信じられない物を見るような目でタンランを見つめている。タンランは女神のような微笑みを浮かべながら、ザルギアに近づいた。跪くザルギアの血泥にまみれた顔を、タンランが跪き、優しく両手で抱きしめる。

「今まで黙っていて、申し訳ございません。僕は王の娘として生まれました。ですが出自の低い生まれであった母が、僕を男として育てたのです。いつか来るであろう、この日のために」

 ザルギアの耳に信じられない事実が流れてくる。タンランがザルギアの耳へ囁き続ける。

「しかし、僕ではこの戦いに勝ち続けることが出来ません。それでザルギア様を頼ったのです。貴方ならきっと勝ち続けられる。そう思い、僕は貴方に身を捧げてきました。貴方はその期待にこたえ続け、勝ち進んでこられました。本当に、感謝しています」

 ザルギアの頭の中が、何かに酔ったように回転し始めた。ザルギアが抱擁の間から、眩暈のする目でタンランを見つめる。

 タンランもまたザルギアの目を見つめ、うっとりとした顔を向けた。

「僕と戦ってください、ザルギア様。それが僕の最後の願いです。僕たちのために。僕と……」

 そう言うとタンランは立ち上がり、ザルギアの顔を自身の下腹部に優しく、包むように押し付けた。

 タンランの中性的な声が、ザルギアの耳に続きを伝える。

「この子のために……」

 

 ザルギアの今までの所業が、濁流のように、ザルギアの頭を埋め尽くし始めた。

 今まで殺した者たちを。愛した者が、抱き続けていた者が、自身の妹に当たる者であったということを。

 そして、その子供が……

 

 胃の奥底から湧き出ような吐き気がザルギアを襲う。

 ザルギアは考えるのを止めて、数多の兄弟の血を吸わせ続けた地に、その顔を埋めた。

 

 ゼザルはその光景を、声を上げずに、耳まで避けているかの如く口を開きながら見下ろす。

 彼らの一族は力を尊ぶ。そして、力というものは、様々な形をしている。


 様々な形を……

 

 始まる前から、全てが決まっていた。

 その日、一族に新しい王が君臨した。


 

 夕日の照らす草原の草むらで、幼い少年がしゃがんで何かを熱心に見つめている。その見つめる先では、カマキリがカマキリを喰らっていた。

「うわー、気持ち悪い。コイツらは何でこんなことをしているのですか?」

 少年の傍らに立つ、中性的な青年のような容貌をした者が、少年の問いに答える。

「交尾を終えた雌のカマキリが、役割を終えた雄のカマキリを喰らっているんだよ。雌はこの後で卵を産むために、養分を蓄える必要があるからね」

 それを聞いた少年が、げんなりとした顔で言う。

「うわー、嫌だなあ。雄のカマキリは逃げられないんですか?可哀そうですよ」

 青年が微笑みを浮かべながら答える。

「強い雄なら逃げられるみたいだけどね。もっとも、役割を終えた雄なら、食べられてもいいんじゃないかな?」

 雄のカマキリに感情移入している少年が、夕日を背にした青年の顔を見つめて叫ぶ。

「嫌ですよ!僕なら逃げます。絶対に逃げます!」

 少年の見つめる青年の顔が、逆光で黒く染まり、その表情を影で覆い尽くす。その影から、笑っているような声が聞こえてくる。

「君なら、逃げられるかもね。何といっても、君は殆ど僕のようなものなのだから」

 そう言って青年は、細い指の生えた手を差し出した。少年は差し出された手を取って立ち上がる。

 二人は手を繋ぎながら帰路へと着く。夕日が照らす黄金色の草原に、二つの長く黒い影が仲良く立ち並んでいた。

もしよろしければ、リアクション、高評価等を頂けると、励みになりますので、よろしくお願いします。

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