婚約破棄された聖女ですが、浮気した元婚約者より冷酷公爵様の溺愛が甘すぎて復讐が終わりません
人生ってさ、もっと段階を踏んで壊れるもんじゃないの?
そう思ってた。
でも現実は違った。
「セレフィナ・リュミエール。お前との婚約を、ここで破棄する」
王城の大広間。
貴族も騎士も使用人も、全員いる前で。
私の婚約者――いや、元婚約者になる男、第一王子クロードは、高らかにそう言い放った。
隣には、ねっとり腕を絡ませた女。
侯爵令嬢ミレーユ・バルデン。
王都でも有名な男好き。
その女が、勝ち誇った笑みで私を見る。
「セレフィナ様はぁ、聖女としても未熟ですしぃ? クロード様のお支えにはなれませんものぉ」
は?
未熟?
毎日神殿で祈り続けて、魔物浄化もして、王家の尻拭いも全部やってたの、誰だと思ってんの?
私だよ。
お前ら遊び歩いてたじゃん。
しかもクロード、お前。
普通にその女と不倫してたよね?
知ってるからね?
「……理由を、お聞きしても?」
震える声でそう言うと、クロードは鼻で笑った。
「愛する女性ができた。それだけだ」
うわ最低。
開き直った。
最低記録更新した。
「身を引け、セレフィナ。お前はもう不要だ」
その瞬間だった。
――パリン。
胸の奥で、何かが完全に割れた音がした。
「あ、そう」
涙は出なかった。
代わりに、めちゃくちゃ冷静になった。
「分かりました。では、正式に婚約解消を受け入れます」
「……聞き分けが良いな」
「ええ。ただし」
私はニッコリ笑った。
「浮気していた側が慰謝料請求される覚悟はおありで?」
一瞬で、クロードの顔が引きつる。
ミレーユも固まった。
ざわ、と会場が揺れた。
「王都南区の別邸。週三回。使用人への口止め金。証拠、全部ありますけど?」
「なっ――!?」
「あと、聖女予算を横流しして宝石買ってましたよね。あれ横領です」
「セ、セレフィナ……!」
青ざめるクロード。
いやだってさぁ。
私、ずっと帳簿管理してたし。
バレないと思ってたの?
頭ふわふわなの?
「国王陛下への報告書、今日中に提出しますね」
クロードが絶句する。
ミレーユは半泣き。
知らないよ。
人の婚約者寝取るからでしょ。
その時。
「面白い」
低い声が響いた。
空気が変わる。
振り返った瞬間、貴族達が一斉に道を開けた。
黒髪。
銀灰色の瞳。
圧倒的な威圧感。
北方を治める“氷血公爵”。
アルベルト・フォン・グレイシア。
「グレイシア公爵……!」
クロードの顔色がさらに悪くなる。
アルベルト様は私の前まで来ると、片膝をついた。
は?
え?
なんで?
「セレフィナ嬢。行き場がないなら、私の婚約者になるといい」
……はい?
「復讐したいのだろう?」
銀の瞳が、愉快そうに細められる。
「手を貸してやる」
その瞬間。
私の第二の人生が始まった。
◇
「契約婚約、ですか」
「ああ。君は聖女としての立場を守れる。私は王家を牽制できる。利害一致だ」
グレイシア公爵邸。
豪華すぎて落ち着かない。
椅子ふかふか。
紅茶うま。
人生格差エグい。
「……でも、私を利用するメリットあります?」
「ある」
アルベルト様は即答した。
「君は優秀だ」
真顔だった。
だから余計に破壊力があった。
「王家は君を軽視している。愚かだ」
「……」
「私は、価値あるものを正当に扱う主義でな」
心臓が跳ねた。
何それ。
ズルくない?
婚約破棄された直後の女にその言葉。
効くに決まってる。
「それに」
アルベルト様が私の手を取る。
「泣くのを我慢している顔は、あまり好きではない」
終わった。
これはダメ。
落ちる。
好きになる。
「……泣いてません」
「そうか。なら、私の勘違いだな」
そう言って頭を撫でるの反則でしょ。
◇
そこからは怒涛だった。
まず、私が管理していた証拠書類を提出。
クロードの横領、不正流用、不倫。
全部発覚。
王城、大炎上。
ミレーユの実家も巻き込まれて社交界は大騒ぎ。
しかもアルベルト様。
めちゃくちゃ容赦なかった。
「北方との取引停止を」
「えっ」
「王家の予算再審査も必要だな」
「えっ待って」
「あと不正関係者は全員処分する」
「怖っ」
淡々としてるのにえげつない。
でも。
私の前では甘かった。
「セレフィナ、寒くないか」
「平気です」
「そうか。では一応これを羽織れ」
「毛布では?」
「足りないか?」
「十分です」
過保護。
あと距離が近い。
毎日花来る。
毎日褒める。
何なのこの人。
溺愛が重機レベルなんだけど。
◇
そんなある日。
ミレーユが公爵邸に乗り込んできた。
「返しなさいよ!!」
開口一番それ。
すご。
「クロード様を返して!!」
「いりませんけど」
「はぁ!?」
いや本当にいらない。
中古とか以前の問題。
不倫男だし。
「あなたさえいなければ、私は王妃になれたのに!」
「いや、クロード殿下が浮気しなければ良かっただけでは?」
「うっ……!」
正論は刺さる。
ミレーユが顔を歪めた、その時。
「私の婚約者に、醜い声を向けるな」
アルベルト様が現れた。
空気が凍る。
文字通り寒い。
ミレーユが震え上がる。
「グ、グレイシア公爵……」
「次はない」
低い声。
圧だけで人殺せそう。
「消えろ」
ミレーユは半泣きで逃げていった。
うん。
あれは怖い。
私でもちょっと怖い。
でも。
「……婚約者、って」
「嫌だったか?」
「嫌じゃ、ないです」
アルベルト様が目を見開く。
次の瞬間。
ものすごく優しく笑った。
あ。
この人、今までちゃんと笑えてなかったんだ。
そう思った。
◇
「契約を、終わりにしませんか」
春。
庭園で私は言った。
復讐は終わった。
クロードは王位継承権を失った。
ミレーユは社交界追放。
全部終わった。
「……そうだな」
アルベルト様が静かに頷く。
胸が痛んだ。
終わる。
この関係が。
「では改めて申し込もう」
「……え?」
アルベルト様が跪く。
「セレフィナ。契約ではなく、正式に私と結婚してくれ」
思考停止。
「君を愛している」
心臓がうるさい。
「毎日でも言うぞ」
「ま、待ってください」
「足りないか?」
「そういう問題じゃなくて!」
アルベルト様が笑う。
今度はちゃんと、幸せそうに。
「君がいなければ、私はこんな感情を知らなかった」
ずるい。
そんな顔。
断れるわけないじゃん。
「……はい」
涙がこぼれた。
「喜んで」
復讐の果てに見つけたのは。
世界で一番、甘すぎる愛だった。




