『第一話:異世界転生とクソシナリオへの抗い』
異世界。
オタクにとって、これほど甘美な響きを持つ言葉はないだろう。魔法のモンスターが蔓延るファンタジー世界に転生し、最強の力を手に入れ、世界を救い、美少女たちとハーレムを築く……まさに彼らの夢の頂点だ。
だが残念なことに、この世界はドラゴンや城がある中世ファンタジーではない。現代社会。2037年の日本だ。
前世の俺はインドネシア人だった。翻訳版よりも更新が早い生の漫画(Raw)を読むためだけに、日本語をマスターした。馬鹿げた理由だとは分かっている。だが、その馬鹿馬鹿しいスキルが今になって役立つとは、誰が想像しただろうか?
俺が生まれ変わってから、三ヶ月が経った。
俺の名前は三条ハルト。そして隣にいる赤ん坊が、双子の妹である三条春奈だ。
これまで使用人たちの会話から察するに、俺はこの国の貴族の子供として生まれたらしい。三条家といえば、日本でも最大かつ最も影響力のある一族の一つだ。
最初は異世界転生ではなく、ただ同じ世界に生まれ変わっただけだと思っていた。
だが……それは間違いだった。
俺が生まれたのは並行世界の地球だ。歴史が異なり、モンスターやハンター、そしてヒーローが存在する世界。さらに、終末から世界を救った「七人の英雄」の伝説まである。
そして三条家は? なんと、たった一つの呪文で都市を壊滅させられる「伝説の魔法英雄」の末裔らしい。親父は毎晩、俺と春奈にその武勇伝を語って聞かせる——まあ、赤ん坊の春奈が言葉を理解しているわけもなく、ただの子守唄だと思っているに違いないが。
それが何を意味するか分かるか?
そう。ここには「魔法」という概念がある。そしておそらく「魔力」も。ここの人々はそれを「エーテル」と呼んでいるが、どうせマナの別名だろう。
俺は元アニメ好きだ(趣味がそこまで過激じゃなかったから、オタクとは名乗りたくない)。
お気に入りのアニメみたいに、魔法に満ちた世界で生きるチャンスを手に入れた時、俺はただ黙って流れに身を任せるだろうか?
否だ。
アニメ好きとしての本能が騒ぐ。この世界の魔法の構造を、隅から隅まで暴き出してみたい。
パステルカラーのベビー家具が揃えられた、かなり広々とした部屋。
俺はベビーベッドに横たわり、エーテルを感じ取るために精神を集中させていた。
目を閉じる。エネルギー、光、あるいはもっと抽象的な何かが、血の中を流れているのを想像する。
昔よく見ていたアニメの主人公たちを思い出す。あいつらは本当に簡単に魔法をマスターしていたな。
『それとも、全く努力せずに主人公が魔法を習得できるのは、物語の都合(ご都合主義)ってやつか? チートすぎるだろ』
俺は持てる全ての集中力を注ぎ込んだ。無意識のうちに、力むあまり奇妙な声が口から漏れ出た。
「うぬぬぬ……」
眉間にシワが寄り、便秘の赤ん坊のような険しい顔になる。これまで感じたことのない「何か」を感じ取ろうと必死だった。
その時だった。
ペチッ!
小さく柔らかい手が、俺の額にクリーンヒットした。集中力は一瞬で吹き飛んだ。目を開けると、三条春奈が『うちのバカな兄は何をしてるの?』とでも言いたげな無垢な瞳で俺を見つめていた。
「ふあぁぁぁっ!」
元気いっぱいに唸り声を上げたかと思うと、前触れもなく転がり込み、俺の上に覆い被さってきた。息が詰まる。赤ん坊のくせに、尋常じゃない重さだぞ!
「うわぁぁ……あぁーっ!」
この致命的なポジションから逃れるため、反射的に叫んで誰かを呼んだ。
乱暴にドアが開かれ、非常に素早く、そしてひどく慌てた足音が聞こえてきた。
「まあ、春奈! お兄ちゃんに何をしてるの?」
美しく、優しい声だった。彼女はすぐさま俺にのしかかっていた春奈を抱き上げた。
『助かった——』
俺は心底安堵した。
「大丈夫、ハルト? もう、春奈ったら、お兄ちゃんのことが可愛くて仕方ないのね」
この女性が俺の母、三条葵だ。彼女はこの体の生物学的な母親であり……不思議なことに、近くにいると奇妙な暖かさと安らぎを感じる。子供の生存本能というやつだろうか? よく分からないが、一つだけ確かなのは、俺が彼女を愛しているということだ。(もちろん子供としての愛だぞ、変な想像はするなよ)。
使用人たちの噂話によると、彼女は元ヒーローらしい。二つ名は「雷姫」。専業主婦にしては、かなり恐ろしい通り名だ。
「遊んでほしいのだろう。兄が大人しすぎるから、春奈も気を引きたいのさ」
少し低く、威厳のある声。ドアの奥から、白髪混じりの黒髪に、きれいに整えられた髭が男らしい中年男性が現れた。
正直な個人的な感想を言えば、イケメンだ。それに……すごく紳士的だ。
彼がこの体の生物学的な父親、三条猛夫。現在の三条家当主である。
そして、伝説の魔法英雄の孫でもある。
それほど凄まじい血統なら、さぞかし強いのだろうって? 当然だ。彼は現在、魔塔の長を務めている。そんな頂点に立つ男が、弱いわけがない。
親父は俺のベッドに近づき、慎重に俺を抱き上げた。
「ハルトは本当に不思議な子だ。顔はお前にそっくりだというのに、性格はとても穏やかで、生まれた時すら泣かなかった。まるで私のようだ」
親父は魔塔の仕事が忙しく、俺の出産の瞬間には立ち会えなかった。だがその代わり……毎晩、俺と春奈が寝る時に傍にいてくれる。甘い罪滅ぼしってやつだ。
「あるいは、悲惨な死を遂げた大人の男性の転生体だったりして?」
母さんは冗談めかした口調で、春奈をあやしながら言った。右手は頬に当てられ、可愛らしくも致命的な「考え事ポーズ」をとっている。
彼女は目を細め、鋭い視線を俺に向けた。
ドクン。
心臓の鼓動が、一秒間だけ停止した。
『バレてる? いや、ありえない。俺、赤ん坊として何か不自然なことしたか?』
『あー、そうか。この静かすぎる性格が、そもそも赤ん坊として不自然なんだ。クソッ』
「アハハハ!」
親父の笑い声が弾け、俺をその死の視線から救い出した。
「葵、お前は……想像力が豊かすぎる。自分の子供が大人の男の転生体だなんて、ありえないだろう」親父はくすくす笑いながら続けた。「禁忌の魔法理論の読みすぎじゃないか?」
母さんは少しの間、黙り込んだ。部屋に息苦しいほどの沈黙が落ちる。空気が重く変わった。
「ふふっ……そうね。私の子が転生者だなんて、あるわけないわ。きっと、その性格はあなた譲りなのね」
母さんは春奈を別のベビーベッドに寝かせた。
「さて、お仕事の時間よ、あなた。今回は古代魔法理論のデータ、ちゃんと正確に記録してね」
母さんは微笑んだ。
だが今回の笑顔は怖い。マジで怖い。
「昨日の二の舞は嫌よ? あなたが記録した呪文が不完全だったせいで、アカデミーの生徒が訓練室を吹き飛ばしちゃったんだから」
親父はロボットのようにぎこちない動きで、俺をベビーベッドに戻した。
「わ、分かっている。だが頼むから、その笑顔はやめてくれないか? 口元は笑っているのに目が全く笑っていないから、怖いんだ」
親父のこめかみから、トウモロコシの粒ほどの冷や汗が流れ落ちた。
二人は俺たちを部屋に残して歩き出し、ゆっくりとドアを閉めた。
カチャッ。
『恐妻家。見事なまでにテンプレだな』
『それにしても、母さんのあの鋭すぎる勘には少し驚いた。もし俺が転生者だと完全にバレたら、この家から追い出されるんだろうか?』
『いや、あるいは……中身は大人の男なのに、赤ん坊のフリをして毎日母乳を吸っていた罪で殺されるかもしれない。暇な時に幸せな妄想を作るのが趣味の、ただのおっさんだぞ俺は』
『ああ、もういい。今はそんなことどうでもいい』
隣のベッドでは、春奈が元気いっぱいにあちこち動き回っている。これぞ真の「健康優良児」だ。彼女は何かを掴もうとするかのように、俺のベッドに向かって手をバタバタと振っている。
さっき俺をいじめただけじゃ物足りないらしい。
だが俺は気にせず、魔法の実験を再開した。
再び精神を集中させ、目を閉じる。
今度は抽象的なものを想像するのはやめた。血管、心臓、脳、そして体内の他の臓器をリアルにイメージし、俺の「エーテルコア」がどこにあるのかを探ろうとした。
……。
……。
……。
失敗だ……。
何も感じられない。聞こえるのは、春奈が「わぁ……わぁ」と喃語を喋りながら、俺のベッドに手を伸ばそうとするやかましい声だけ。
そして、壁時計の忌々しい音。
チクタク……チクタク……チクタク……。
集中力は完全に削がれた。
『クソッ……魔法の概念を理解するのって、こんなに難しいのかよ』
俺は落胆した。
分かっている。異世界モノには必ず何らかの「シナリオ」がある。
悲劇モノか、英雄モノか……。
あるいは……主人公ののんびりとした日常を描く「スローライフ」モノ。それこそが俺の夢だ。
部屋の明かりの下で、自分の弱くもろい手のひらを見つめる。
備えあれば憂いなし。前世の国のことわざだ。
もし自分の世界のシナリオが暗闇なら、それに立ち向かうための懐中電灯を用意しておけってことだ。
小さな手を握りしめ、俺は心に誓った。
もしそうなら、俺はそのシナリオ自体を超越する存在になってやる。
そして、こう言ってやるんだ。
『天上天下、唯我独尊』と。
この先どんなシナリオが待ち受けていようと、仮にこれが悲劇の異世界だったとしても、立ち向かえるように。
だが、正義の味方になって平和を守るために強くなるわけじゃない。そんなものはクソくらえだ。
俺の目標はただ一つ。生き延びて、学校を卒業したらこのヤバい一族から抜け出し、平和な村の片隅で嫁と平穏なスローライフを送ることだ。
俺は俺自身のためのシナリオを作る。『異世界スローライフ』だ。
『待ってろよ、クソシナリオ。俺のために何を用意していようが、そのサプライズごと、退屈な誕生日のドッキリレベルに落としてやるからな』




