コハルのベッド
ただひたすらに、日差しが暖かかった。
西向きの窓から、放課後の、まだ真っ白な日光が僕ら二人を温かく照らす。
ベッドの上で撫でるようにページをめくるコハル。黄金色の細く単調な装飾線に召された『白雪姫』の文字。その本を手に、時折微笑んではご満悦な様子で読み進める。隣で椅子に座る俺は、その姿をただひたすらに、横目で眺めていた。
「ヒロト君。そろそろテストも近いけど勉強してる?」
自分を見つめてくる俺に気づいたのか、本を読む手を止めたコハルは遠回しに時間を潰すなと言う。
「安心しろ、テストはまだ半月後だ。それに自慢じゃないが、俺にはいつでも頼れる専属家庭教師がついてるからな。小学生から世話になってるがまだ一度も期待を裏切られたことはない」
「その子、ずっと傍に居てくれる訳じゃないでしょ。近いうち、痛い目見るかもよ」
ため息を切ってコハルはそう言い溢す。
「コハルは俺を裏切らないぞ。」
「やっぱり私か・・・」
自分任せであることに心配げなコハルは眉を落とした。どうにか、早く頼ることをやめて自立してほしい母親の息子を見る目さながらであった。
「コハルは俺を裏切らないぞ。」
目の前でポッと頬が赤く染まる。ずっともたれかかっていた背中をピンと張り、
「よーしッ、いいでしょうヒロト君。一度乗り掛かった船、ならば最期までお世話を見てあげましょう!」
と、たどたどしくも頼もしい口調でコハルはそう言い放つ。
窓にかかった白いカーテンが風で舞い上がって、差し込む日光がコハルの笑顔を眩しく照らす。
俺はカバンから課題となる種々様々な教材をベッドの上に広げた。
どれ程経っただろう。日の光もいささか弱まり、ぽかぽかと温かかったベッドがいつの間にか影に隠れてひんやりと体温を奪ってゆく。コハルも疲れてしまったのか、再び背をもたれて伸びをした。
「ちょっときゅうけー」
「助かった。これで期末も少しは頑張れそうだ」
「短時間でここまで理解できるとは、成長を感じられて私も安心したよ」
その言葉が、心の内の嫌な予感を込み上げさせる。気づけばベッドに身を乗り出して本をとろうとするコハルの手を抑えていた。
何をしているのだろう。自分でもよくわからない。ただこの得体のしれない感覚が、感覚のまま永遠に遥か彼方へ飛んでいきそうで。
「ヒロト君・・・」
と、すべてを悟っているように名前を呼ぶ。俺もまた覚悟を決める。この気持ちを形にできるならきっと今しかないのだと、まだ暖かい後頭部へ手を回す。
距離を詰め始めてのは俺の方だが、最終的に唇に触れてきたのはコハルだった。そうして、こちらを見つめる黒い瞳はゆっくりと閉じられ・・・
息が上がる。呼吸を通わせあううちに、だんだん顔が熱くなる。両肩を隻腕で覆っているせいで、密着し合う胸に鼓動までもが伝わり伝わってゆく。
コハル・・・・・・・・コハル・・・・コハル・・。
心の中じゃ、そんな一言しか出てこない。
けど、最初こそ熱かったコハルの唇は次第に熱が引いていき、伝わる鼓動も徐々に落ち着いてきた。
――――――ああ、もう時間か――――――
密着を解いて、目前に抱きかかえる女の子の顔をじっくり見つめる。もう二度と見ることのできない景色を眺めるように、見納めるように。
「おとぎ話みたいに、もう一度その口に触れれば。君は再び目を開けてくれるのだろうか」
開かれていた本を閉じ、おもて表紙に両手を添えさせる。
俺はすぐにでも崩れてしまいそうな可憐な身体を抱きかかえ、そっとナースコールを手に取った。
初執筆作品になります。
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