始まりの村
アルバの生命力がかなり低くなっていることから、道中に出てきた魔物はシャグマを活用して進んだが、一緒に進む仲間には経験値の分配設定をしてあるから、アルバはレベルが早速3に上がったらしい。
しかし、強くなったはずの男は難しい顔をしている。
「何もしていないのにレベルが上がると、申し訳ない気分になるな……」
「なるほど、そのように思う者もいるか。
レベルが上がった時の処理と同じく、分配も個々人で決められるようにするか? 設定変更ならすぐに出来るぞ」
「いや。後でボクが強くなれば、逆に経験値をシャグマに分けられるだろうし……。
あまりにも初期設定が細かいと、どうしていいのか子供たちも分からなくなると思うから、このままでいい。
経験値を分けて欲しいと言い出すのも、遠慮して言えない子もいるだろうからな。現状のままが最適だ」
優しい父様の気遣いに頷いて、私を包む指にこっそり口付ける。
微かな感触だろうけど気付いて照れた夫への愛しさに笑ってしまうと、暖かな指が頬を撫でてくれるから身を任せた。
弓を背負い直しながら戻ってきた白髪緑眼の美丈夫は、恨めしそうにアルバの手をつついている。
「一番申し訳なく思うべきなのは、俺が戦ってる間にも奥様といちゃついてることだからね?
それともアルバ、戦って気絶してみる? ラフィネルに気付けのキスしてもらえるかもよ?」
「……それも、悪くはないが……しかし普段のデートでは、お前とラフィネルがいちゃつく間にもボクが護衛しているだろう。
つまり、おあいこだ。今はボクがお前に護衛してもらっているようなものだ」
「くっ、確かに。流石アルバ、その理由は俺じゃ言いくるめられない……っ」
普段から仲良しの夫たちだから、お互いに遠慮しないのである。
見目麗しい親友ふたりが並んで話すのを見られるのもまた、良いものである。眼福、眼福。
やがて到着した素朴な村では、多くのぬいぐるみや家具などが命や手足を持って自由に動き回っていた。
「冒険者さん、いらっしゃいっ。
匙の道具屋へようこそ!」
「お布団の宿屋はこちらでーす」
店の前から声をかけてくれるが、村の住人は全員、子供くらいの大きさの日用品たちだ。
元気に散歩に出たり、働いたり、今日も賑やかな雰囲気を醸し出してくれている。
夫たちも初めて見る村に目を丸くしているから、私も案内するためにアルバの手の中から出た。
ここまで凛々しく戦ってきた弓使いは、村の光景に目を輝かせている。
「可愛い……道具が道具屋やってるとか、本当に物語の世界に入った気分だよ。
もしかして、人間や他の妖精はいないの?」
「いない。人型は物語に入った者だけにすると決めたからな」
夫たちから離れて飛んだが、この世界にいる者は皆、一人一人に与えられた役目がある。
「彼らは物語を構成する一部だが、たとえ物語の中とはいえ、命を失うのは想像するだけで恐ろしいだろう。
設定一つだとは思うのだが……いずれ世界が壊れてしまったときに、この世界に住む人々はどうなるのかと考えてしまうと、私も失うのが辛くてな。
だから、いつか終わりがくる時まで楽しく生活をして、最後は溶けるように世界に消えていくのを『ようやく訪れた回帰の時』として喜んでくれる命を新しく作ったんだ」
「可愛い妖精さんだー、いらっしゃい!
焼き菓子はお好きかな? これ、お試しにどうぞっ」
小さな菓子を配っているカップがいたから喜んで分けてもらうと、甘いものが好きなシャグマにも渡した。
「こうしておもちゃや道具が生活する世界を定義したのは、子供たちが物の大切さを学ぶのにも良いと思ったんだ。
『大切にしないと道具が泣くぞ』と教えてやれるだろう。
身近な存在になれば、尚更重ねて大事にするはずだ」
小さな体で菓子を抱えて食べるが、甘くてカリカリして美味しい。
甘いものが得意なシャグマも口にしたが、綺麗な緑の瞳を緩めている。
「はあ……食いしん坊の妖精なのに、色々考えてて可愛いんだけど」
「全くだ」
「んぐんぐ、国王として民のことを考えるのは当然だからな。そういった設定は任せろ。
さあ、まずは冒険者ギルドに登録に行くぞ。アルバの回復には金子が必要だ」
「始まりの村へようこそ! 冒険者ギルドはこちらです!」
元気に案内してくれる平皿に導かれて建物に入ると、中では熊のぬいぐるみが働いていた。
ぺったん、ぺったん、と書類に肉球の判子を押している。
「いらっしゃいませー、冒険者登録ですか?
こちらのカードにご記名頂くと、戦利品が売れるようになります。
世界中のどこでも冒険者カードは便利に使えますよ。お財布にもなりますから落とさないでくださいね。
初回登録特典で、地図もお渡ししますねー」
熊のぬいぐるみに案内され、夫たちはカードに名前を書いて、道具袋から売却できるものを換金した。
戦利品として集まっていたスライムの粘液や角兎の毛など、二人合わせて43ラールになった。
カードには各々の所持金が自動的に記入され、使う時も同じくカードから引き落としがかかるようになっている。
「へえ、この国の通貨はラールなんだ。君の名前から?」
「そうだ。時の権力者が通貨を決めるものだからな、恥ずかしげもなく自分の名前にしてやった」
私はエルタニアの女王だが『ラフィネル』という名前自体の由来が少々悪いため、名を冠するものは提案されても作らせなかった。
せっかくなので物語の中くらいと思って登場させてみたが、夫たちは受け入れてくれた様子だ。慣れないことだったが、やってみて良かった。
「まずはアルバの生命力を回復出来る道具を買いに行くか?
宿屋は20ラールだから、好きな方法を選ぶといい」
「……道具屋にしよう。戦う際の使い方を覚えておきたい。
確か、村の入り口にあったな」
アルバの望みを聞き、皆で冒険者ギルドを出た。
匙の道具屋に立ち寄ったが、回復薬は一つ10ラールとなっている。
試しに購入したアルバが見つめると、回復薬は手の中から光になって消えた。
「道具は手にして使おうと思うだけでいいのか」
「そうだ。薬品を飲むのに抵抗がある者もいるし、味付けを悩んだ結果、意思だけで使用出来ることにした。
お前は甘いものは苦手だし、子供たちも苦い薬は飲みたがらないだろうからな。
……ふう、初期説明はこれくらいか。
後は竜に攫われたお姫様を救うために、情報を集めて探しに行こう」
案内妖精として、十分な働きをしたぞ。
シャグマの肩に乗って一息つくと、褐色の指が優しく撫でてくれるので甘える。
しかしアルバはもう一人の夫といちゃつく私を見て、拗ねた様子でそっぽを向いた。
「先ほどから君は、シャグマばかりに一番に向かうな。
ずっとボクの手の中にいたのに……もうボクには懐いてくれないのか」
「ふふ、ではその調子でやきもちを妬いてくれ。
帰ってから、お前が『現実の方の私』を思うまま愛してくれるのを楽しみにしているぞ?」
意図を口にしてやると、背の高い夫は赤くなって顔を背けていた。
相変わらず揶揄ってやると、アルバは可愛いのである。




