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ふたりの夫と本の中での冒険を楽しむお話。  作者: 丹羽坂飛鳥


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はじめて尽くしの冒険

熊のぬいぐるみに案内させた通り、私たちは北に真っ直ぐ向かった。


「ぴるるるー!」


「あっ、何か出てきたよ」


遠くまで見えるシャグマが真っ先に気づいて示したが、出てきたのはいわゆる『スライム』というやつだ。

本の作成者だけが使える魔物図鑑に載っていて、序盤に程よい強さが書かれていたから採用した。


粘液を固めたプルプルとした見た目が愛らしい魔物は、出てきただけで特に何もせず、冒険者の行動を待っている。


「お前たちにも敵対生物の名前が明示されているはずだ。

 魔物を注視するだけでいいぞ」


「……本当だ、知りたいことを考えながら見るだけで、色んな表示が出てくるよ。

 へえー、スライムっていうんだ。面白いね、この子は触れるの?」


「触っても構わない。ただし敵対生物にしてあるから、攻撃されると生命力が減る仕組みになっている。

 大人しいが村の食糧を勝手に奪う厄介者として、この世界では知られているな。

 討伐依頼も出ているような魔物だから、遠慮なく倒してくれ」


優しい夫たちが無闇に生物を攻撃するとも考え辛かったので、ちゃんと倒せる理由付けも行った。

納得してくれたらしく、距離をとったシャグマが背中に掛けた弓を手にする。

背の高い色男が、矢筒から木の矢を一本番えて……放った。


――パリイイイン!


すると、スライムの前に現れた透明な六角形の集合体に当たり、音を立てて弾けた。

攻撃されたスライムが目を回して転ぶと、討伐報酬として『スライムの粘液』と銘打たれた物が自動的に抽出され、シャグマの道具袋に吸い込まれていく。


「これで戦闘終了だ。魔物は生命力分の障壁が壊れれば気絶するように設定した。

 一定時間で起き上がってくるが、倒すごとにお前たちには経験値と報酬が入って、レベルが上がるようになっている」


「ふふ、魔物すら傷つかないとか君らしい物語だね。

 スライムは一撃だったけど……アルバが倒したドラゴンの障壁って、どれくらいあったの?」


「いや、ボクが戦ったのは普通の生物だった。

 障壁は初めて見たが、増やしたのか」


「戦闘方法はアルバの倒し方を見て作り直したんだ。やはり試遊は大事だった」


命のやりとりが日常の男だとは分かっていたのだが、アルバの戦い方を見て、初期設定されていた戦闘方法に衝撃を受けた。

見ていない男は不思議そうに緑の瞳を瞬いているから目にした光景を説明してやると、苦笑いをしている。


「すごいなあ、アルバ。咄嗟に倒せるんだ」


「まあ、切れれば大体は」


お前は本当に人間なのか。

心の中で突っ込んでいると、黒髪黒目の剣士はしかし悲しそうに俯いた。


「君が倒せと言ったはずなのに、戦い方が気に入らなかったのか」


「お前の強さには改めて感服したとも。

 ただ……私は物語の中なのに、誰かや何かが傷つくのが痛そうで耐えられなかったんだ。

 子供たちとも遊ぶ予定だから、優しい物語にした方が良いと思って、初期設定から作り直した」


我が子は父親たちに習って鳥も捌けるようになっているが、だからと言って無闇に生物を傷付ける必要はない。

幼子を招くことも想定していることを話すと、二人にも納得してもらえた。


「君らしい物語で、ますます安心したよ。

 ……あ、スライムからもらえた経験値は1だけみたい。

 討伐すればレベルが上がる、って言ってもアルバは全然上がらなさそうだね。今はレベル68だったっけ」


「ラフィネル、ボクも本の中を楽しみたいし、レベルは初期値に変えてもらえた方が嬉しいが……」


「えっ、いいのか?! お望みなら変えてやろうっ」


早速、管理者権限を使って変更をかける。

すると見た目には何も変わらないが、アルバは違和感があるのか自分の体を確かめている。レベルが下がったことの不利を感じているようだ。


「体が重くなったな……水の底に沈んでいるのかと思うくらい、動きづらい」


「ふっふっふ、現在のレベルから低くなる場合は体に負荷をかけているからな。

 数値が低くなった分、動きづらくなっているはずだ。試しに戦ってみるか?」


重い体を嬉しそうに確かめているので、アルバ用にもう一体スライムを出してやった。

黒髪の剣士は腰に穿いた剣を構えて、振り下ろす。

しかし障壁に弾かれて、一撃では倒しきれずにいる。

反撃に転じたスライムの攻撃が足にかすったため、逆に生命力を減らされていた。


「っ、ははっ」


可愛らしい少年顔が、それでも楽しそうな笑みを浮かべる。

次の一撃で気絶させたアルバが無邪気な喜びを見せたのを愛おしく眺めていると、黒曜石の瞳を輝かせる彼が振り返った。


「楽しいな。実際に体を動かすから、色々学べそうだ」


少年のような笑顔でスライムを倒した男は、重くなった体の感覚を確かめるため、剣の型をなぞっている。

シャグマも笑って見ているから、案内妖精の小さな体を活かして彼の肩に乗った。


「シャグマ、お前もレベルを下げるか? その方が楽しいかもしれないぞ」


「ん? んー、俺はこのままがいいな。

 仕事もあって、現実の体との感覚差が出てくるのが怖くてさ。

 逆に元のレベルより上がった時に負荷が軽くなる、とかも無い方が嬉しいんだけど……出来る?」


医者でもあるし、手術などでは繊細な技術が必要になる男だ。

確かに個人差もあることなので、意見を踏まえてレベルが上がった時の処理は選べるように変更した。


一緒に遊ぶと、こういった新しい発見があるのも嬉しい。

すぐに変更を終えたが、アルバは魔物を自前の気配感知で探していたようだ。見つけたらしく「行ってくる」とだけ言うと、嬉しそうに走っていった。


「予想は出来てたけどさ。アルバは冒険になると生き生きしてるね」


「元から野山を駆けるのは好きな男だしな。

 妖精兵の訓練にも使えるなら使おうと思っていたから、あいつに自主的に試してもらえれば私の目的も果たせそうだ。

 負荷をかけて動き続けると現実世界では体が軽く感じるそうだから、遊びがてらの訓練にもなるのではないかと考えている」


「あはは、仕事も遊びに絡めてるのが君らしいね。

 ……ところでアルバの障壁、結構削られてるけど。

 案内妖精は、助けないの?」


「気絶したあいつが見たいから放っておこう。

 起きたら揶揄ってやって、なんと言うかも知りたいしな」


「酷い案内妖精だよ」


しかし思い通りにはならず、アルバは魔物を間一髪で倒して戻ってきた。

恥ずかしがる彼を見たかったのに。残念。

上機嫌な夫はやり切ったらしく、悔しがる私の前で満足そうな笑顔を浮かべている。


「待たせてすまない、一人で楽しんでしまった。

 減った生命力の回復はどうすればいいんだ、ラフィネル」


「そうだな……回復なら道具を使用するか、村の宿屋で休むか、気絶して復活するか、いずれかの方法で出来るぞ。

 討伐の証を冒険者ギルドに売ってお金をもらえば、回復薬を買う工程も試せるだろう」


「じゃあアルバには残念だけど、回復するまで戦うのは我慢しててね。まずは村まで歩き切ろう。

 こちらの邪悪な案内妖精はアルバが気絶した姿を見たいらしいけど、そうはさせないよ?」


「なっ、シャグマお前っ、まだ機会はあると楽しみにしていたのにっ、……はっ!?」


「ではお言葉に甘えて、シャグマに頼らせてもらおうか。

 ボクもラフィネルの前で気絶した姿など、見せたくないんだ。

 それに……武術大会の時のように、君は心配してソワソワすると思うが。ボクが倒れた姿が見たいのか?」


「それは……眠るお前を見る機会なんて、滅多にないし……私は気付けの口付けが出来るから、してもいいんだぞ?」


言いながら私まで恥ずかしくなってしまったが、上目遣いになりながら見上げた先では、黒髪黒目の剣士も真っ赤になって口元を押さえていた。


私は朝の早い彼に、『おはよう』の口付けをもらうときもある。

だからアルバに口付けで目覚めてもらうのも、いいかなと思ったんだ。


夫とたまにはいちゃつきたいだけの不埒な妖精が肩の上で照れていると、シャグマは私を掴んで、もう一人の夫に差し出した。


「うーん、わざわざ回復しなくても、多分今、めちゃくちゃ生命力回復したんじゃない?

 ……なんてね。そう簡単にはいかないよね。

 ここからは俺が主軸になって戦うから、手が当たらないようにアルバがラフィネルのこと、守ってあげててね。

 弓撃つのに、近くにいられると怖いんだ」


「待てシャグマ、今渡されるのは恥ずかしい……っ!?」


暴れたが、先ほどまで戦っていた剣士の両手に体が包まれる。

あ。……アルバの手の中、あったかいな。

硬くも安心する手のひらの感触をまざまざと感じて、身動きが止まると……抵抗を止めた私は、彼に優しく包まれた。


体が小さいから夫に甘えやすいのは、大変良いかもしれない。ごろごろ。


アルバの様子を盗み見ると、彼も私を見ていて、目が合うと照れくさそうに黒の瞳を逸らした。

お互いに言葉が出てこないけれど、手のひらの中に収まって……夫の指に少しだけ擦り寄ると、彼も私を撫でてくれる。

甘えて身を預けると、シャグマが楽しそうに笑っていた。


「なんやかんや仲良しだよね。

 ……でもラフィネル、忘れないでね?」


「ん? 私が何を忘れるんだ」


気になることを言うから、もちろん振り返った。

だから細くて綺麗な指で、形のいい唇をなぞるシャグマを見てしまった。


「ここから活躍するのは俺だってことを、だよ」


艶めく褐色の肌に嵌め込まれた緑柱石の瞳が、片目だけ閉じられる。

世界一の美形が私だけに寄越した合図に魅入られていると、背の高い彼が弓を手にして微笑んだ。


「戦えるのはアルバだけじゃない。

 ……俺のことも、ちゃんと見ててね?」


色っぽい目配せに、甘やかな声音が心を奪う。

もう必死になって首を上下に振っていた。

鼻血が出るかと思うくらい興奮して、弓使いシャグマの一挙手一投足に夢中になった。


「シャグマ、かっこいい……大好き……っ」


「……ボクに渡したのかと思ったのに、最後には必ず取って行くな、お前は」


「あはは、だって俺もラフィネルのこと好きだし。

 可愛い奥様のために、俺も頑張るよ?」


村までの短い道中すら楽しいなんて、うちの夫たちはどうなっているのか。

優しいアルバの指に撫でられ、普段はあまり戦う姿を見せないシャグマが唇に矢羽を咥えて真剣な姿を見せるのに惚れ直しながら、私たちは目的地へ進んだ。

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