案内妖精
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本の中に入ると、ボクたちは見知らぬ草原に立っていた。
以前入った時とはまた違う場所らしく、そばには水を湛えた大きな池がある。
池に姿を映したが、寝室にいた時とは衣服が異なり、冒険者としての姿になっている。
シャグマと二人でお互いを見合ったが、ボクたちらしい格好になっていて面白かった。
「アルバはやっぱり剣士になってるね」
ボクは黒を基調にした布の服を身につけ、腰には剣を穿いている。
以前ラフィネルが言っていた初期装備、というものだろう。
物語に入る方法が正しい物だからか、今回は現実で身につけている衣服ではなかった。
「俺は……弓兵かな? 俺に弓持たせるの好きだね、あの人」
隣に立って自分の姿を見回したシャグマだが、手には弓、背中には矢筒を背負っている。
こちらは薄茶色を基調にした布の服で、革の胸当てをつけていた。
「ラフィネルは来ないのかな。三人で冒険したい、って言ってたはずだけど」
確かに。順番に入ってくるのだとしても、少々遅いと感じている。
……何か、問題でもあったのだろうか。
二人で待ちぼうけていると、池のほとりを熊のぬいぐるみが慌てふためいて走ってくるのが見えた。
パタパタと腕を振り回して駆けてくるから、つい二人で注視してしまう。
「大変だ、大変だあ! お姫様が竜の王様に攫われちゃったー!」
なるほど、物語らしい。
この呼び声に応じて『竜の王を倒して姫君を助ける』などと関われば良いのだろうか。
「ラフィネル様が、竜のお妃様にされちゃうよー!」
「……え?」
ん?
「ね、ねえ、アルバ。
ラフィネル、まさか降り立ってすぐに、攫われたわけじゃないよね?」
「流石に、それは。一緒に冒険する、と言っていたはずだろう」
嫌な予感がして閉口するボクたちに気づいたらしく、熊のぬいぐるみが走ってきた。
膝くらいまでの大きさの熊は、必死に丸い卵をボクたちに差し出してくる。
「お願い、ラフィネル様を助けて!
ベロア池のほとりにいる二人の勇士に、これを授けてほしいってお願いされたんだ!」
「……えーと、現実と物語は違うんだよね?
奥様とはお昼ごはんで起こしてもらえれば会えると思うから、とりあえず受け取ろっか……」
「そう、だな。ボクたちがお姫様を助けるために努力すると約束しよう」
「ありがとう! 北に行くと村があるから、冒険の道具はそこで揃えてね!」
言うだけ言って去っていった熊のぬいぐるみを見送ると、シャグマと二人で卵を見た。
七色の、不思議な模様の卵だ。
ボクたちの手がようやく包めるほどの大きさで、今までに見たことのない生物の卵だった。
「何の卵だろうね。鳥?」
「この大きさを産む鳥なら、かなりの大きさだ。
冒険には相棒の乗り物がたまに出てくるから、育てるのかもしれないな」
冒険ものの定番は、ボクたちにも分かる。
……二人で卵を見ていると、不意に罅が入った。
まるで鳥の雛が嘴で少しずつ殻を割って出てくるように、罅がかすかに広がっていく。
「アルバの握力?」
「いや、中身が自分で動いている」
不思議な卵を持ったまま、しばらく待つ。
光が溢れてきたので目を細めると、収まった頃には中身が生まれていた。
半分に割れた卵の殻には、以前も見た小さな妖精が立ち、一仕事終えたように汗を拭っている。
「ふうーよいしょ、っと。
……残念、乗り物ではなく、正解は妖精の卵だ。物語っぽいだろう」
殻から出てきたのは、腰に手を当てた偉そうな妖精だった。
桃色の長い髪に空色の瞳、薄桃色のレースが何層にも折り重なる可愛らしいドレスを身につけている。
背中には七色に光る蜻蛉のような羽をまっすぐに広げて、得意げに立つのは、まさしくラフィネルだった。
お姫様が攫われたと聞いたが、どうやら本人ではないらしい。安心したら気が抜けて、思わず溜息が出た。
「君がいつまで経っても来ないから、まさか降り立ってすぐに攫われたのかと、シャグマとふたりで心配していたところだ」
「ふふん、そんなことはしない。一緒に冒険したいのに、真っ先に離脱してたまるものか。
案内妖精をしてやろうと思って、私の登場地点は別に準備していたんだ。
冒険にはやはり、こういった情報をもたらす相棒が必要だからな」
「うわぁ、めちゃくちゃ可愛い……!
ラフィネル、おいで。ドレスも何もかも、すっごく可愛いよ。物語の中なら小さくもなれるんだね」
シャグマにたっぷり褒められて得意げにしたラフィネルが、手のひらを広げた男の上に降り立っている。
くるりと回って姿を見せると、優しく包むように彼女を掴んだシャグマが、ドレスの裾に手をかけた。
「ところでこれって下着も履いてるの? 丈が短いのがそそるね」
「はぁっ!? おいこらやめろっ、まず妖精の下着を確かめようとするなっ」
必死に押し返そうとして暴れるのを、デア出身の男は揶揄って楽しんでいる。
どうやら小さくなった分、力も弱いらしく、ラフィネルのドレスはあっさりと捲られていた。
抵抗しても「いつも見せてるでしょ」なんてくすぐられながら好き放題される妖精は、遠慮のない夫に下着だの太ももまである靴下だのを鑑賞されてしまっている。
……ボクは恥じらう彼女が可愛くて、思わず眺めてしまったことは内緒にしておく。
「ううー……」
普段はあけすけに肌や下着を見せてくる癖に、妻は真っ赤になって恥じらいながらスカートを押さえている。
人形のように持ち上げられたラフィネルが、桃色の長い髪を揺らし、空色の瞳に羞恥で涙を浮かばせる。
今度はドレスを脱がせようとする指に、太ももと胸を押さえながら抵抗している。
「見られると思っていなかったから、この中は作り込んでいないんだ……っ。
お前たちには可愛いと思ってもらえる姿を見て欲しいのにっ、今見るな、恥ずかしい……っ」
その企みなら、成功している。
……医者に「体見せて」なんて言われながら、彼女が細い両腕でドレスを必死に押さえる姿が上品で、ボクですら目が離せない。
眺めながら動けなくなるくらい、改めてうちの妻は可愛いと、何度だって思ってしまった。
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