やっぱり妖精王国は、とんでもない。
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医務室で教えてもらえたけれど、ラフィネルには最近、趣味が出来たらしい。
「これがな、至極楽しいんだ。
出来上がったらお前たちにも見せるから、楽しみにしていてくれ」
どうやら物作りらしいとは聞いていた。
政務ばかりに没頭してきた彼女が嬉しそうに教えてくれたから、今度は日数のかかる手芸や陶芸にハマっているのかな、なんて想像していた。
でも、ある日のこと。
「……」
今日はお休みだという彼女が、朝から一冊の本を顔に乗せて、眠り始めた。
ラフィネルにはお休みの日は運動や検診に行くように伝えていたけれど、医務室には来なかった。
食事の席でも、この日は全く会わなかった。
何かに没頭すると寝食を忘れる人だからまさかと思いながら寝室に戻ると、彼女は朝見た姿から何も変わらない様子で、まだ眠っている。
「……ねえ、アルバ。
ラフィネルが今日動いてたの、見た?」
「……? いや、見ていない。
ボクが様子を見に戻ってきた時も眠っていたが……食事も摂りに行っていないなら、侍従長たちが流石に起こすだろう。
また同じ本を読んで、寝落ちしたわけではないのか」
趣味を楽しみにしていたはずなのに、ラフィネルは今日一日を棒に振ってしまったのだろうか。
彼女が医学書を読むと眠くなる姿は何度も見て知っていたけれど、本の表紙には何も題名が書かれていなかった。
城内の全てを把握しているラフィネルと違って、俺もアルバも常に彼女の予定を把握しているわけではない。
だから、ラフィネルが活動した後、たまたま部屋に戻って眠る姿に遭遇しているだけの可能性もある。
しかし。
ラフィネルは女王として命を狙われたりなど、危険にも晒されることがある。
眠り薬や毒などで、寝ているように見せかけられたら……なんて想像するだけで背筋に悪寒が走って、腕を無意識のうちにさすっていた。
「怖い……ちょっと起こしてみようかな。
ラフィネル、ごめん、聞きたいことがあるから起きて」
本を取り上げて、肩を揺さぶる。
……いつもなら起きそうなものなのに、全然目を開けない。
咄嗟に脈拍など、状態を確かめるけれど、普通に吐息もしているし、安息時の一定の心拍が続いているだけだ。
眠っている。
……だからといって、安心できない。
デアの内乱鎮圧後には力を使い過ぎたせいか、何をしてもこんこんと眠り続けた彼女の姿が脳裏をよぎる。
以前は丸三日、眠り続けた。
大臣たちも誰もが死を覚悟した光景が蘇って、胸が締め付けられる。
「……え、いやいや。
ラフィネル、起きて……洒落にならないって」
肩を叩いても、駄目だった。
頬を叩いても、目を開けない。
……いくら呼んでも、彼女は指一本、動かさなかった。
痩せ衰えて昏睡状態に陥ったあの日と同じくらいに、ラフィネルはぐっすりと眠り続けている。
「ラフィネル、起きろ。……ラフィネル!」
アルバも状況を察して、肩を叩いて呼びかけてくれた。
けれど、彼女は桃色の髪をベッドに広げたまま、空色の瞳を瞼に隠したまま、一切の反応を見せない。
すぐに侍従長のベルに手をかけて鳴らした。
国王専属医の師匠でもある先生に、帰宅後ではあるけれど医務室に来てもらえるよう伝言を頼んだ。
アルバには医務室までラフィネルを担いで行ってもらって、到着後は緊急事案としてあらゆる手を尽くして検査をしたけれど……やっぱり、何も異常が出てこない。
「食堂にも聞いてきたが『自分は用があるから今日の食事は用意しなくていい』と命じられていたそうだ。
エルテもニアも『母様を今日は見ていない』と言うし……侍従の誰も、彼女が起きている姿を見ていないらしい」
――つまり、今朝からずっと部屋で眠っている。
『瞬歩の能力』を持つ侍従長に担がれて、師匠である先生も到着した。
先生の目でも見てもらって、一緒に検討したけれど……俺たちには思い当たる病気がない。
……妖精の能力が絡んでいる可能性が、高い。
能力の種類は分からないけれど、体に蓄えられた力も十分なのに、彼女が目覚められないはずがないんだ。
「小娘におかしな様子は無かったか」
「今日は朝から……本……そうだよ、起きたばっかりなのに、頭に本を乗せて寝てた!」
すぐにアルバが飛んで帰り、部屋から先ほどの本を持ってきてくれた。
先生に見せると、書務大臣を呼ぶようアルバに言いつけたから、親友はまた廊下の先へ飛んでいく。
渋い顔をしている国王専属医の師匠は本を睨みつけ、幾頁もめくっていた。
「先生、この本がラフィネルの昏睡に、何か関係があるの?」
「関係しかないわい。……馬鹿娘が、また厄介なものを持ち出しおった」
「書務大臣、こちらです」
とんでもない速さで戻ってきたアルバが、背中に小柄な男性をおぶって飛んできた。
降ろされた大臣が先生から本を渡されて、中をめくるのを見守って……図書に関する全てを網羅する大臣が、徐々に青ざめたまま瞠目する姿に、俺たちまで息を呑んでいた。
「陛下、なんてことを……」
指先が冷たくなるほどの緊張を飲み込んでいると、書務大臣は震える手で文字の書き込まれた頁を開いて、差し出した。
「この本の中に陛下の妖精本体が入っているのですが、こちらとの連絡を遮断しているのです」
……妖精本体が本の中に入って、連絡を遮断している?
「ごめん、俺はまだ状況が理解できてないんだ。
どうすればいいか分かる、エペレット?」
書務大臣を指定した以上、先生は彼なら解決出来ると考えて呼びつけている。
図書室通いの時期によく話をしていた友人だからつい名前で読んでしまったけれど、彼は頷くと、本に手を翳した。
「私の能力で本の中にお送りしますから、どなたか……アルバ様、お入りいただいてもよろしいでしょうか。
中が冒険物のようなので、念のためお強い方の方がよろしいでしょう」
「中にラフィネルがいるから探せばいい、ということですか」
「そうです。呼びかけていれば答えてくださるでしょう。さあ、こちらへ」
ほとんど説明はなかったけれど、エペレットがアルバを手招きした。
アルバも招かれるまま、彼の手を取って……。
その姿が、消えた。
「アルバ!?」
「大丈夫です、シャグマ様。私の能力で、本の中にお送りしただけですから」
エペレットの能力は『本の世界に自分や相手を送り込める』能力だ。
何が大丈夫なのかよくわからないけれど、頼りになる先生は、困った様子で本を見ている。
「まだ製造しておったのか、それは」
「陛下に『昔流行った物です』とお伝えしたら、熱心に製造元を聞かれましたので、おそらく取り寄せたのではないかと……」
二人が戻ってくるまで、さまざまな話を聞いた。
……やっぱり妖精王国はとんでもない、ということだけは、わかった。
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