思い出の花
戦いが終わると、私たちは海底洞窟を抜けた。
近くに清水の流れる公園があると伝えて、私の専属医であるシャグマに身を清めてもらいながら診察を受ける。
椅子に腰掛けた私の前に跪く探検家姿の男は、安心させるように微笑んだ。
「応急手当てで体の傷も消えたし、妖精本体にも異常なし。だからこれで診察も無事終了。
ラフィネルも驚いたし、辛かったね。
でも今のうちに不具合が分かってよかったよ。今後のためにも、ちゃんと直しておこう?」
慰めてくれるシャグマに頷いて、世界設定をし直す。
冒険者に好意を持っても良いが、欲情まではしないように定義したり、いろいろ変化を加えた。
この世界でも私が王としてエルタニアで施行しているように、法を決めていく。
矛盾の警告にも一つずつ対応し、ありとあらゆる事象が本の中の世界で『動作可能』だと受け入れられれば、新しい法則に切り換わる。
診察が終わったため、シャグマがもう一人の夫も呼び寄せるのを見ていたが、管理者として働き終わった私はそばで様子見する男たちに目を向けた。
「終わったぞ。先ほどのようなことは、もう誰に対しても起きない。
それに、核心には触れない設定がちゃんと書かれていた。
だから蛸は私の手足だけにしか触らなかったようだ」
「よかった。じゃあそもそも、あれ以上の何も起きなかったってことだね」
「見返したことで、より安心出来たな。
……すぐに助けられなくて、すまなかった」
アルバが悲しみに黒の瞳を翳らせるのを見て、胸が痛くなる。
手を広げて見せると抱きしめてくれたから、私も彼の背中を掴んだ。
大切に温めながら桃色の髪を梳く、この指こそが守ってくれたのだと、ますます実感が湧きながら頬を擦り寄せた。
「私は『自分では抜け出せない』と諦めてしまった。
しかしお前は最後まで諦めずに、私のところに来てくれたんだ。落ち込まなくていい」
少し顔を離した黒髪黒目の夫を見つめると、引かれるまま唇が重なる。
……ちゅ、ちゅ、と甘く唇を吸う音が、二人の間に漏れて弾ける。
見つめ合うたび、吐息も奪いながらお互いを求めてしまう。
情欲を掻き立てる音と、無性に欲しくなる夫の好ましい肌の香りに、冷えた体にも熱が宿る。
口づけが離れても蕩けた気分でアルバを見つめると……彼が頬を包み、優しく撫でてくれた。
心地よさに瞼を閉じると、カツリ。立って見ていたシャグマが、体重をかける足を入れ替えた音がわずかにしたから息を呑む。
慌てて目を向けると、褐色肌のもう一人の夫は腕組みして頷いている。
「うんうん、アルバもラフィネルも元気出てよかった。
じゃあ冒険の話がしたいな、さっきアルバが突然覚醒した理由が知りたかったんだ。
四本目までは俺も一緒になってかなりの回数叩かなきゃいけなかったのに、剣を持ち出したと思ったら五、六、七本目は速攻で落としたよね。格闘家には一撃必殺の技能があった、ってこと?」
自分に関する話題で口づけを止められた夫の、十八歳くらいにしか見えない可愛い顔が拗ねている。
しかしこれ以上唇を奪い合っても、現実のベッドに戻るのも午前のうちになってしまう。
二人で見つめあうとアルバが溜息を吐いて、私の頭をポンポンと軽く撫でた。
「一撃必殺に、ボクの技能が変わったんだ」
「技能が変わった?
……えっ、技能って固定されてるんじゃないの?!」
「そうらしい。……実際に見せた方が早いか」
アルバが『能力確認』の薄青い画面を開いた。
私たちにも見せてくれたが、特殊技能の欄には『弱点への容赦ない一撃』という項目が増えている。
「職業技能の『弱点感知』と特殊技能の『痛打』が結びついて生まれた技能らしい。
先ほど使用説明を見たが、本の内部では攻撃力が二から十倍になると書かれていた。
ごく稀に一撃で倒せる特殊効果がつくとも書かれてあったから、幸運に恵まれたと思っている」
「幸運って……つまり、あの状況で『ごく稀』を三回連続で引き当てたってこと……!?」
背の高い格闘家は困惑して恥ずかしそうにしているが、素晴らしい活躍に私も思わず拍手を送っていた。
アルバは戦いの中で、職業技能も自分のものに変えられるくらい習熟した上、奇跡すら自力で引き寄せたのだ。
格闘家になってから、彼は拳装備に切り替えたから剣は新調していない。
だから装備しても攻撃力がわずかに下がってしまうため、大型の敵戦でも使う予定はなかった。
しかし振り慣れた武器に切り替えたことこそ、アルバが勝利を引き寄せた要因かもしれない。
『自分はこの方法でなら勝てる』と前向きに信じる気持ちは、何事でも重要なものだ。
シャグマも何かに気づいた如く息を呑むと、能力確認画面を開いて目を通している。
「俺の応急手当ても、途中から回復量が増えた気がしてた……あ、『適切な応急手当て』に変わってる! 知らないうちに効果が倍になってたのか……」
「それなら平原にいた時から進化しているな。固定値回復と聞いていたのに、やけに全回復が続くと思っていたんだ。
医者としての『医学知識』を持っているから、お前の応急手当ても効果が上がったのかもしれないな」
「うわ、職業技能と特殊技能が結びつくとか面白すぎない?
自分なら何が新しく生まれるのかなって、職業の組み合わせまで考えたくなるよね」
シャグマが楽しそうに話し、アルバも次の職業を考えてくれるのが嬉しくて、椅子に座ったまま親友同士の夫たちを見つめた。
うむうむ、明るい良い雰囲気である。
アルバも必要以上に責任感など感じていないし、冒険の続きを楽しんでくれそうで安心した。
夫たちの会話を嬉しく聞いていたが一段落すると、シャグマが公園の出口を示した。
「じゃあそろそろ動き出そうか。海底洞窟を出たら、近くに大きな街があるのも見えたから行ってみよう。
……どうしたの、ラフィネル? ずっと座ったままだけど、もしかしてアルバのキスで腰が砕けちゃった?」
「違う。……実はお前たちに、頼みがあってな」
「「頼み?」」
魔法使いの服をたくしあげて、中に隠れていた足を見せた。
金の縁取りが入ったスカートを太もものギリギリまで上げて下着の手前で止めると、いつも彼らが綺麗だと褒めてくれる白い足が出てくる。
「ここに、蛸の吸盤以外の感触が欲しいんだ。
公園には誰も配置していないから、今のうちに頼みたい」
記憶の上書き行為だ。
あの蛸に痕を残されたのが最後、というのが私は嫌だった。
「かなり強く吸いつかれたから、手足には鬱血した後がいくつもあったんだ。
シャグマが応急手当てと回復薬で消してくれたが……私に痕を残して良いのは、お前たちだけだからな。新しく付け直してくれ」
赤くなっていた部分を思い出し、指先で吸盤の痕があった場所を示す。
私の足の細さなど見知っているはずなのに、アルバが状況を理解したらしく、慌てて黒の瞳を背けた。
シャグマなど先ほどまで診察で触っていたはずなのに、少し足を開いただけで耳まで赤くなって、気恥ずかしそうにしている。
「これは私のわがままだから、帰ってからにしろと諭すか?
約束してくれるのなら構わないが……できれば今、私は新しい思い出が欲しい」
破廉恥だと言われようがなんだろうが、状況が状況だから遠慮せず甘える。
足を指先で押して、弾力のままに弾ませた。
ここに彼らの情けが欲しいと示しながら、夫たちを見上げた。
可愛らしい格闘家が黒の瞳を閉じて隠し、真っ赤になって休めの姿勢で立っている。
女性慣れしている色男ですら照れくさそうに白髪をかき上げて、揺れる緑の瞳で私を見た。
「こう考えると誘惑鏡の誘惑、問題が優しすぎたよね。
ラフィネル本人が一番誘惑してくるよ。全部脱ぎながら『抱いて』とか発情してたら、本人と間違えてたかも」
「全くだ。……二人きりになった途端に下着でも脱ぎ始めれば、真偽に悩んだかもしれないな」
「おい、お前たちの中での私はどういう印象なんだ、それは!?
なぜ私本人の方がひどい話になるんだ。誘惑鏡とエルタニアの女王のお淑やかさに差異があるというのか!?」
膨れてやると、睨まれた格闘家が照れ臭そうに童顔を背けた。
「冗談だ。……どうする、シャグマ。お前は『もうした』と思っていた。
だからラフィネルが満足して落ち着いていられていると、ボクは考えていたんだ」
「理解が早くて助かるよ。
『お医者の先生、なんだか感触が嫌だから早く触ってくれ』って涙目だったからね。
状況も状況だし、多めに触ったんだけどな。満足してもらえなかったみたい」
「ある程度は消えたが、私は欲張りなんだ。二人から同じようにして欲しかった。
……ほれほれ、どうする? お前たちにあつらえたように、右足と左足、両方あるぞ。
右足はアルバ、左足はシャグマでどうだ、ん?」
挑発する妻が望む行為がわかって目を泳がせた夫たちは、お互いに見合っている。
こういう時は先手が上手い男が行くようにアルバが示したから、シャグマも頷いた。
「わかった、俺から行くよ。
ラフィネルの誘惑になら、乗ってあげる」
下着が見えない程度でも生足を晒している私の、両膝に手をかけたシャグマが跪く。
先ほどまでは立派なお医者の先生をしてくれた夫が、開いた太ももに顔を埋める。
世界一綺麗だと誰もが認める男が目を閉じると、整った唇で私の柔らかい部分が吸われた。
「……っ……」
褐色肌の美丈夫が顔を埋めた内腿が、くすぐったい。
何もかも治したはずの足から彼が唇を離すと、赤い花が一輪だけ咲いて、見ているだけで喜ぶ私の唇にも、甘やかな口づけが触れた。
「はい、蛸の吸盤の痕よりも綺麗に残してあげたよ。
……どう? 立ち直れそう?」
「うむ。すごい……白の中に一点だけ赤が綺麗に灯っているぞ。
ふふ、良い贈り物をもらった気分だ。ありがとう、シャグマ」
触れてくれた場所の温かさも、見返せば彼の咲かせた赤い花だけがあることも、やがて消えるとしても快いものである。
もう一人の夫にも期待して見上げていると、悩んだアルバは私のスカートに触れた。
眺めていると……スカートの端を、膝下まで下ろされた。
魔法使いとしての身支度を整えられ始めたから、不満で膨れる。
まさかしないのかと眉根を寄せて睨んでいると、夫が私を見つめた。
「足はシャグマが撫でて、今も吸ってやったんだろう。もう十分なはずだ」
「むう。お前はしないのか。私は二人分欲しいと言ったのに、お前は乗ってくれないのか」
「……残せというのなら、ボクは別の場所にする」
ぬ?
首を傾げた私の前で、アルバの手が胸元に触れた。
と思ったら、ボタンを外され始めたのが見えた。
着せ替えみたいに、一つずつ、彼の手で上着の胸元が解かれる。
ささやかな胸の膨らみが現れると、夫が可愛らしい少年のような顔をその間に埋めて、手慣れた仕草で吸い上げた。
ちくりと、痕を刻んだわずかな痛みが肌に宿る。
アルバが顔を離すと、ボタンがちょっと開いた状態で、しかし違和感なく衣装を着崩している私にだけ見えるよう、赤い花が咲いていた。
「こうすれば、君はボクの妻だと甘やかして愛した証が、俯くだけで見えるはずだ」
熱い顔で何度も頷く私を見て、照れ臭さにたまらずそっぽを向くアルバが、桃色の髪を撫でた。
独占欲を行為の最中にも、同じ場所に刻む男だ。
確かにこの場所こそ彼らしいかもしれないと、薄い谷間に咲いた色を見つめてしまう。
愛情深い夫にエスコートされて、椅子からも自然と立ち上がっていた。
「ほら、終わったなら進もう。シャグマも。半笑いになるな」
「いや、絶対上回ろうとしてくるのがアルバらしいなーってね」
「お医者の先生がたっぷり触ったのも、今ので帳消しだ。
ほら、全員。忘れて進め」
近衛兵長の号令に、私も黒樫の杖を手にして歩きだした。
……私の胸にはアルバの、足にはシャグマの付けた痕がある。
思い出すだけで夫たちの愛情に包まれた心地になりながら、次の街へと進んだ。




