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ふたりの夫と本の中での冒険を楽しむお話。  作者: 丹羽坂飛鳥


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煙草

しばらくして、夫たちは海底洞窟の入り口に辿り着いた。

ここには管理人を名乗る、蛸のぬいぐるみの『親方』が配置されている。


しかし赤い蛸はやさぐれた様子で、締め切られた鉄柵の前に置かれた椅子に乗っていた。

目つきの悪い蛸の親方は近づいてきたアルバを見て、手にした紙巻煙草から煙を燻らせている。


「あんさんら、ここを通りたいんでっか」


「そうだ。扉を開けてもらえるか」


「無理でやす。落石がひどいんで修理業者が来るまでと思って鍵を閉めたら、その鍵を盗まれたんでさぁ。

 犯人ならニコメの町の方へ逃げて行きやした。腕に覚えがあるなら取り返してくだせぇ」


「……なるほど、ニコメの町には必ず行くように仕向けてあるのか」


「簡単に次の大陸には行かせないぞ、ってことだね。……町がわざわざ用意されてるんだから、当然か。

 じゃあ予定通り、このまま南下しちゃおうよ」


情報を教えてくれた礼を蛸の親方に伝えると、夫たちは南東へ歩き始めた。

親方を設定したのは私だが、今更ながら気になることがあったから、平原を歩く探検家の肩に乗った。


「なあシャグマ、聞いてもいいか」


「ん?」


「お前、煙草は吸えるのか」


やんちゃだった男がどこまでしていたのか、実は探り探りである。

ただ、エラン様から煙草の話は聞いていない。

情報提供元の友人を思い出していると、短い白髪の美丈夫は首を傾げた。


「意外かもしれないけど、紙巻煙草は吸ったことがないかな……父上はたまに楽しんでたけど、デアだと手に入れるのも大変なんだ。東方経由の高級品だからね」


「エルタニアでも、ほとんど流通しないからな。

 ……そうか、遊びなら何でもしてきたのかと思っていた。

 なら咥えた格好だけでもいいから見せてくれ。ティフォルナが好きな絵巻の探偵が渋く吸っていたが、お前にも似合いそうだ」


内部設定に用意されてあった煙草を一本取り出す。

格好だけ真似出来る装備品となっているが、こういった遊びも管理者なら自由自在である。


「はい。……どう、ラフィネル。似合う?」


シャグマが手にすると、細い筒状の煙草を綺麗な唇で咥えてくれた。

指の間で挟んで吸った真似をしてくれるが、白髪に褐色肌のデア男性が緑の瞳を細め、息を吐き出す様が非常に美しい。

思わずあらゆる方向に飛びながら色男っぷりを観賞すると、夫は楽しそうに笑っている。


「ふふ、こんなことでいいの? 目を輝かせちゃって。可愛いね」


「うむ、素晴らしいぞ。煙草を吸う仕草には色気があると聞いていたが、想像していたよりもずっと良いものだ。

 昔、お前が女性を手玉に取ってきた姿が目に浮かぶようだぞ、シャグマ」


「……ねえ。親指立てて褒めてるつもりだろうけど、それ褒めてないからね」


女遊びが酷かった闇時代を思い出した美丈夫の、やさぐれ顔もたまには麗しくて良いものである。

アルバがじっと見つめているから、彼にも一本渡してみた。


「お前は煙草を吸ったことがあるのか。ムルカナにも東方からなら、わずかばかり入ってきただろう」


「経験はないな……昔、友人が『軍人たるもの一度くらい』と試したのを見たのと、火をつけるのに少し咥えた、それ以来だ」


そう言うと口に咥えてくれたが、黒髪黒目の真面目な夫が煙草を指で挟む姿だけで様になる。

もう五十が近いのに、若い顔立ちだから咎めた方が良いのかとハラハラするのも不思議なものだ。しかしこちらも格好いい。

私が再び周囲を飛びながら最高の角度を探していると、何やら考えている夫が私を見た。


「ラフィネル。案内妖精の姿ではなく、現実くらいの背丈になれるか」


「ん? なれるがどうした」


「少しでいい。付き合ってくれ」


滅多にないアルバの願いだから、私も『綿で織られた素朴な村娘の服』などという初期装備ではあるが大きくなった。

……む、髪の色が合わないか?

慣れない格好だし照れ臭いが、改めて桃色の髪を後ろに流し直すと、背の高い夫を見上げる。


「はい、これでいいか、アルバ……っ!?」


瞬く間に、体が密着した。

力強い黒の格闘家が、あっという間に私の腰を抱いて引き寄せた。


「……」


硬くて熱い体に抱かれている。

見上げれば若く見える夫の整った顔が真近くにある。

煙草を咥えた背の高い男が、じっと私を見て……少し吊り上がり気味で鋭くも見える黒曜石の瞳が、淡く笑った。


「……ああ、こういうことか」


「な、なんだ。一人で何を納得している」


「酒と煙草と、女と賭博。

 同僚の男は『お前も死ぬ前にやるんだ』と騒いでいたが、ボクには理由がわかっていなかったんだ。

 ……どれも不要だと思っていた。戦いに不要なものを並べたと思っていた」


アルバは煙草に『火をつけるために咥えたことがある』と言っていた。

自分では吸わないのに、なぜ必要だったのか気づいた私の頬を、剣士として鍛えられている掌が撫でた。


「こうして君を抱くと、若いボクたちへの教訓だったのがわかるな。

 ……一度覚えてしまえば、何も知らない頃より未練が残る。

 命を大事にしろと直接言わず、自分が愛したその四つで悟るように意味を込めたんだろう」


学卒で早くも従軍したアルバが、エルタニアの女王に憧れていただけでは知らなかった実感。

今は妻として手にした男が、煙草を手に遠くへ思いを馳せている。


「『ムルカナの酒はうまい、東方流れの煙草もうまい。

 デア男ではないが、女遊びも仲間相手の賭博もやめられない』……などと言っていた男がいたんだ。

 ……だから亡くなった時、弔うために一本咥えて火をつけた。一番の高級品だと愛していたのを、ボクは知っていたからな」


今、再び煙草を手にして。

思い出を吹き飛ばすようにふうっと吐息した男は、自分が咥えていた煙草の端を噛み、苦く笑った。


「君には関係ない話だが、煙草で思い出してしまった。

 ……ただの感傷だ、付き合わせて悪かった」


若く見えるくせに、一番多くを経験している年上の男。

お前にとっては思い出の代物だったのかと、口に咥えた細い煙草を指に挟み、吸う真似をして笑う男を見つめた。


……腕が、緩む。


「っ」


アルバが離れようとしたから、今度は私からギュッと抱きついた。

夫は驚いた様子だったが、腰に回していた腕に力を込めて、優しく抱きしめ直してくれた。


「どうした、ラフィネル。……寂しくなったのか」


「そうだ。……もっと『女を抱くのは良いものだ』と実感しろ。

 練兵場で訓練もするし、今だってお前の身に危険があるのは変わらないはずだ。

 今後も何かあるのは許さないからな。私がお前の未練だ、わかったか」


「……ああ。違いない」


アルバの熱い抱擁に、恋しさを宿す低い声に、何度だって彼を王配にもらって良かったと実感する。

触れ合うだけで、全てが愛おしい。

どうしてこんなに好きなのだろうと不思議なくらい、彼にいつも心惹かれている。


腕を緩めて目を合わせると、煙草を捨てたアルバが唇を重ねてくれた。

偽物の装備品のはずなのに、苦い香りが僅かに香った気がする。


「……っ」


たまらず、何度も唇を吸いあった。

香りが去ってようやく、彼らしい匂いになって安心する。

鍛えられて強い男に甘えて身を預けていると、しかしシャグマが腕組みして考えているのに気づいた。


「どうした、シャグマ」


「……俺も一個だけ、気づいたこと言っていい?」


「ん?」


「いや、ラフィネルがそうやって大きくなれるならさ。

 その格好で俺たちと冒険すればいいんじゃないかって、思ったんだけど」

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