幕開け
ここは人間の姿を模した妖精が生きる国、エルタニア。
大陸内において、他の国より資産も資源も人口も勝る大国として知られている。
妖精は人間よりも、ありとあらゆる能力が優れている。
『目の前の相手を魅了出来る』『水を生み出せる』などの特別な能力も一つ生まれ持ち、様々な力を生かして暮らしている。
国民をまとめるのは、妖精女王ラフィネル。
エルタニアを建国した初代女王から脈々と血を受け継ぐ、以前まではただ一人の王族だった。
記憶力が良いから叡智の妖精、体に何も傷がつかないことから頑健の妖精……様々な呼び名があるが、本当の能力は国家機密。
それが、私だ。
「ふんふふーん」
桃色の長い髪を靡かせ、休暇だからワンピース姿の私は廊下を歩いている。
巡回の兵が胸に手を当てて敬礼してくれるのに挨拶を返したが、エルタニアの晴れ空を移したと称される瞳には抑えきれない活気が宿っている。
だって私には最近、趣味が出来たのだ。
休日があれば精を出し、完成を目指して作り込んでいる。
私は政務が趣味のようなものだったが、物作りも好きだと改めて趣味の続きを考えた。
王城の長い廊下も、考えごとをしていればあっという間だ。
国王専用の医務室の扉を開けると、短く整えられた白髪に褐色肌の美丈夫がいる。
多くの者を見てきた私の知る中でも世界一の色男が、論文から顔を上げて微笑んだ。
「ラフィネル、いらっしゃい。
……? どうしたの、今日はずいぶんとご機嫌だね」
医務室の扉を開けた先で、白衣姿のシャグマが明るく声をかけてくれた。
私も苦手な先生がいないことを確認してから室内に入り、彼の頬に唇を付けたが、見つめ合った緑柱石の瞳は今日も麗しい。
「私の専属医に会えるからご機嫌だ、と言ったらどうする?」
「ふふ、可愛いからご褒美あげようかな。
愛してるよ、ラフィネル。俺の最愛の陛下……」
蠱惑的な声に鼓動が跳ねるうちに、結婚して十数年経とうとも私に変わらぬ愛情を捧げる男が唇を重ねて、甘く微笑んだ。
シャグマは北西のデア王国の王弟で、元々は放蕩者で女遊びも激しかった。
だから簡単に口説いてくるが……今では私一筋だと国内外の誰にも知られる美丈夫は、頬も軽くついばんだ。
「いつもはここじゃ、してくれないのに……いいのか?」
「内緒ね。先生もいないし、ラフィネルが自分から来てくれたのが嬉しいから、ご褒美だよ。
さ、どうぞ、座って? 定期検診しながら話そうか」
細くて綺麗な指で示された、診察用の丸椅子に座る。
姿勢を正すと、今日も滑らかな手触りの手のひらが、私に優しく触れた。
……美形の医者に正面から顔を見られると、毎日顔合わせする夫なのに照れ臭くて、なんだか笑ってしまう。
「今日は何か良いことがあったの?」
「うむ。実は趣味を見つけてから、休日が充実していてな。
今日は子供たちが全員家庭教師にかかっていて遊べないから、検診が終わったら一人で遊ぶ予定を楽しみにしているんだ」
「よほど楽しい趣味なんだね。
でも……残念だけど、この後はアルバのところにも行ってあげてね。
ラフィネルに運動させたくて、今か今かと練兵場で待ってると思うよ」
目の下をめくって貧血の検査をした彼は、結果を手元の用紙に書き込む。
シャグマは平然と次の項目に移ったが……運動嫌いの私は、つい渋い顔をしてしまった。
アルバは南西のムルカナ王国の王弟で、黒髪黒目の真面目な少年剣士だ。
とは言っても容姿が若いだけで、実際は私よりも九つ歳上である。……あいつも妖精同様、何故か老いないのだ。
武術大会では剣部門で優勝し、現在は近衛兵長として勤務している。
運動が苦手な私の『運動目付け』でもある。
「むむ……なあ、シャグマ。検診だけでは駄目か。
私は休暇のため、本日は部屋を出ていないことにしてほしい」
「だーめ、俺もアルバに隠し事は出来ないんだ。
運動は君の体にもいいことだし、医者としてもお勧めだよ。だから、ちゃんと行こう?」
デアとムルカナは長く戦争を続けていた国だったが、私が二人同時に婿に取って以降、夫たちは親友同士となった。
部屋に帰れば机を囲み、一緒に勉強したり、何でも話し合っている。
……きっと内密にはしてもらえないだろうから、今後の予定は切り替えた。
もはや運動するほかない。残念。
「ところで、君の趣味って何?
教えてくれるかと思ってたんだけど……」
「ああ、実は物作りをしているんだ。
詳細はまだ教えられないが、お前も完成を楽しみにしていてくれ」
私は妖精固有の能力を掛け合わせて、現在までも様々な物を開発してきた。
過去の実績を知るシャグマは、内容を伏せても頷いてくれる。
「いつもとんでもない女王陛下が、今度は何を見せてくれるのか、完成を楽しみにしているよ」
「ふっふっふ、任せるがいい。鋭意製作中だ」
こうして、シャグマと楽しく話しながら検診を終えた私は、今度は体操服に着替えた。
髪を括り、覚悟を決めて、城に併設されている練兵場に向かう。
精鋭揃いの第一練兵場では、今日も多くの妖精兵が訓練を行っている。
その中からアルバを探すと……彼はエルタニアの訓練服を着て、兵に技術を教えていた。
妖精は自分の能力を生かし、武技などは過程を飛ばして学ぶ。
だから動き方を教えてほしいと請われても、説明するのが下手だ。
その点、人間の彼は自分で一から磨いた技術を幅広く知っている。
教え方も弟妹が多かったことから分かりやすく、解らずとも優しく丁寧に教えてくれる。非常に大切な人材なのだ。
相変わらず十六歳くらいにしか見えない男の働きっぷりを観察していると、こちらに気づいたアルバが兵に指示を出してから近づいてきた。
背の高い男は私の前で、少しだけ吊り上がって鋭く見える黒の瞳を緩めて、柔らかな笑顔を浮かべている。
「いらっしゃい、ラフィネル。来てくれたのか」
「シャグマにも行くように諭されたからな。
……まあ、お前の顔を見に来たと思えば悪くない。
今日もまずは妖精兵と走っておくから、都合のいい時に見に来てくれ」
「わかった。ボクも君の体力測定がしたいところだったんだ。準備が出来次第、声を掛ける」
そう告げたアルバが私に歩み寄り、馬の尻尾のごとく一つに縛った桃色の髪に触れた。
「たとえシャグマに言われたからだとしても、苦手なことを頑張りに来て偉いと思っている。
……それじゃあ、また後で」
不意に褒められて顔を上げられない私の頭を、アルバが撫でてから去って行った。
……これなら、もっと素直に来てもよかった、かな。
優しい夫相手にちょっとだけ浮かれたけれど、兵の前だから表情は徹底的に隠すと、走り込みをしている妖精兵に私も混じって運動した。
……この後は地獄のような体力測定が待っていて、体力のほとんどを持っていかれたので割愛する。
ただ運動後には心地よく昼寝をして、趣味を再開できた。
「ここは、こうして……ふふ、上手くいっている……」
完成まで、あと一息だ。
次の休日には、必ず完成させる。
進捗を考えて改めて気合が入った私は、今から休暇が楽しみになったのであった。




