8.惑星・美輝を巡る:そこは樹上だった
その日、アイザックは美希に移動を予告した。
A:ミキ、次の場所の準備が整った。移動できるか
M:はい
A:今夜眠っているうちに移動させる
持ち物を整えておきなさい
M:わかりました
ベッドの横にトランク、バッグ、ナップサックを置いておきます
次の朝、目覚めるとそこは樹上だった。原生林のド真ん中、樹高百メートルもあろうかという巨大な樹の真ん中あたり。デッキに立ち、手すりをぐっと握りしめながら緑に覆われた地表を見下ろした。緑の低木や草が茂る中を、大型の鳥がキュエとかクワッとか鳴きながら走っているのが見える。
隣の樹の大きな枝には鳩くらいの大きさの鳥が、興味をひかれたらしく見慣れぬ動物であるヒトを見て首を傾げている。
美希は怒りに震えた。音声通信なら声が震えているところだ。一度音声・映像通信を提案してみたところ、即座に却下されたことがありがたい。
チャットの文面もどうしても強くなってしまう。
M:えーっと、アイザック? ここは?
A:森の中だ
M:はあ、そうかもしれないとは思いました。
美希は、“コアラ族の樹上住居”? とか思いながら、自分が高所恐怖症でないことに感謝した。地面まで五十mほど。 どうしろと?
M:アイザック、ここで生活するのですよね、日本人が?
A:評価を聞きたい。こういう住み方はどうか
木と木を蔓で作ったつり橋で結んで縦横無尽に木々を渡って村を作る
M:確か、アイザックはこの星で人類が文明を築くことを望んでいましたよね
A:そのとおりだ
M:つまり、採取、狩猟、農耕を整備して、その上に工業を築くのですよね
A:そう希望している
M:アイザック、農耕ができません。特にコメは作れません、ここでは
A:そうか
こいつ!
A:初期的には無理か
人口が増えて森での生産品が流通対象になればどうだ
M:こういう生活を面白いと思う人も確かにいるでしょうが
そうですね、最初にここに連れてこられたら、絶望するかもしれませんね
A:そうか
ばか? バカなの? アイザック-!
そこでの生活は、五日ほどだった。最初に思ったよりも快適で、意外と悪くないという話もした。涼しくて住みやすいし、森に護られている感じがする。
高木は針葉樹だと思うのだが、他の星のことなので分類もわからない、というか、現時点では分類自体がない。 ここに移住させられた人々が、一種類ごとの木、いや、木に限らずすべての動植物に名をつけ、分類し、系統樹を描いて行くのだ。
ここではピエール・キュリという情報衛星の助けがあるから、一からすべて行うより楽だろう。
樹々には多彩なヤドリギが根を下ろしているし、地面から蔓草が伸びて来ていて、実をつけるものもある。採取できる葉や実を分析・鑑定にかけると食べられる物も多い。実際に食べてみれば、おいしいと感じるものもある。だが、農耕は無理だ。
更に、ここで火を使うのは危険すぎる。人類は食品を加熱することで多くのトラブルから身を守って繁栄してきた。樹上生活の問題点はそこであろう。火事にしてしまってはどうにもならない。
ここにきて美希は、アイザックがプロジェクトと呼ぶものは、この惑星で日本人が生きて行けるかどうか知りたい、という程度のものではないのではないか、と疑い始めていた。これはあまりにも大規模だ。
すでに、日本人が来ることは決定しているのではないのだろうか。
そして、自分は日本人の居住環境として最適なのはどこか評価するために送り込まれた、そうではないのか。そうであるなら、プロジェクトやらの設計者は誰、誰がアイザックを責任者に指名したのだろう。
送り込まれてくるのは何人なのだろう、いや待て、なぜ日本人なのだ? レポートはアマネとサクヤが始まりだと言っていたが、それが理由なのか? では、すでに惑星ナミニアにいるアマネに評価を依頼する方が合理的なのではないのか?
誰が何人送り込まれて来るにしても、知的生命体が存在しない、哺乳類もいない惑星で新たに文明を築けというのだろうか。
日本人にそんな覚悟がある人がいるのだろうか。
大きな危険から逃れてきてここに安全を見出すならば、不可能とまでは言えない。だが、日本にそんな危機があるのだろうか、いや、どうだろう?
アイザックは、膨大な回数の演算が行われたと言っていた。彼は何を求めて計算したのだ。
日本人としての意見を求められたから、農耕ができないと言ったものの、狩猟・採取民族ならそうでもないのかもしれなかった。
美希は、視点を変えてレポートしてみた。これが受け入れられるなら、ここに来るのは日本人とは限らないということになるだろう。
M:アイザック、ここを日本人の入植地にするのは無理があると思います
でも、人によっては良い場所と感じるかもしれません
ボードに、マップ機能がありましたよね。そこにこの樹上の家がわかるように
マークを入れておいてはどうでしょう
ここに家が準備されているとわかるように、違う色を使うのです
森に住むというのは、それなりに魅力的なはずです
高い山に登りたがる人は多いですし、高山に住む民族もいます
冒険物語で、イギリス貴族の子が森に住む猿に誘拐されて、
森で大人になるというのもあります
お話ではありますが、
その子は、木から垂れ下がる蔓に次々に乗り移って移動していました
このお話は、ファンが多いのですね、つまり、森に住むこと自体は
一定の支持を得られるのではないでしょうか
A:その評価を取り入れる




