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モニター  作者: 倉名依都
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アマネとサクヤの物語(1):飼い猫を追って

アマネとサクヤが「なぜ異星で生活しているのか」について、ある程度状況がわかるように、ふたつのお話を付け加えました

 

 城崎天音シロサキアマネは“定時で会社を出る”を信条としている。データ入力が業務であり、大部屋に並んだ多数のコンピューターの前に同僚と席を並べ、指示された量の入力を時間内に終え定時一分前に席を離れる、そのためなら昼休みを犠牲にすることも辞さない方針だ。仕事量は昼前までに各自に提示され、終えたからと追加されることもないため天音の通勤時間は実に規則的だ。

 その日も見事定時前に入力を終え、駅へとまっしぐら。JRからいつものバスへと乗り継ぎ、バス停から1DKのマンションに続く最後の坂道を上っていた。一時間少々の通勤時間はイタイが、すこし高台にあるマンションのベランダからは遠く相模湾を望むこともでき、結婚願望もまだない天音にとってはペット可物件のためにこの坂道を日々上り下りしていると言っても過言ではない。


 天音は、サクヤという大きな猫を飼っている。体重七キロに及ぶグレーの洋猫で、不思議な青い目をしている。サクヤがいつから同居するようになったかよく思い出せない。実家から連れて来たような気もするし、もっと便利な場所でなく通学にも通勤にも不便なここに住んでいるのはサクヤが理由だったような気もする。

 でも、まあ大した問題ではない。大学進学以来実家を離れて、すでに十年ここでひとり暮らしをしている天音にとって、朝晩サクヤとともに食事をとり、出がけに「行ってきます、留守はよろしく」、と話しかけ、帰宅してドアを開け、迎えに出てきた大きな猫に「帰ったよ、サクヤ」と声を掛けることが生活の潤いとなっている。


 天音とサクヤの住むマンションは、坂上にあることから住人は若い単身者だ。住宅としては一番高い場所で、東には小さな公園、背後は自然林、西の赤い鳥居をくぐり石畳の道を辿れば古くからの神社がある。此花之佐久夜毘売コノハナノサクヤビメをお祀りしているので、サクヤはもしかしたらこの祭神から頂いた名前なのかもしれなかった。なんだかそのあたりの記憶は曖昧だ。


 あと十メートルほどでマンションの玄関に着くという時、目の前をグレーの猫が横切った。紅色の首輪をしている。愛猫のサクヤだろうか、あんなに大きな猫がこの近所に他にいるとも思えないが。猫は天音を振り向いて、ニャーと鳴く。

「サクヤ? さーちゃん、どうやって出てきたの、ベランダから飛び降りた?窓開いてたかな」

「ニャー」

 再び鳴いて、サクヤは神社方向へと歩く。


「いや、さーちゃん、だめよ、お家に帰ろう、ね、抱っこさせて」

 足早に追うが、追いつけない。さーちゃん、待ってよ、ね、帰ろう、と呼びかけながら十五メートルほど行けばそこはもう神社の駐車場だ。


 ここの此花神社は付近一帯の集落から見て一番上にあたる場所だったそうだ。コノハナサクヤヒメは桜の化身で富士山にお住まいだそうだから真の御神体はおそらく富士そのものなのだろう、境内からお山を望むことができる。

 その昔は集落から石畳の坂道と石段を上ってたどり着いたようだ。本来の神域は、石畳が始まり桜並木が続く坂道の入り口からのようで、古い道には白木の鳥居が残されている。現在は並行して造成されたアスファルトの道を自動車で登る。


 この神社で結婚式を挙げる人も滅多にいなくなったけれども、四、五十年前まではこの付近にお嫁に来る人は実家から花嫁衣装で神社まで上がってきたそうだ。馬に横乗りして上がるにせよ、駕籠に載せられて運び上げてもらうにせよ、さぞ大変だっただろうが、桜並木を進む花嫁は集落の人々にコノハナサクヤヒメを連想させ、ため息と賞賛の中をゆっくりと神社に向かったことだろう。


 今ではもう神主さんも神社に付属する住居には住んでおらず、自動車で“通勤”している。その車もこの時間には駐車場にはないのだが、奥の方に見慣れないオブジェがある。黒い三角錐状で、底面の直径は二メートルほど、高さ三メートルほどだろうか。上部に注連縄が掛け回してあるから何かの行事に使うのかもしれない。

 そのコーン状オブジェの前でサクヤはようやく立ち止まり、天音の方を向いて三角座りをした。


「なあに、さーちゃん、これを見せたかったの?」

「ンナーゴ」

「そう、ありがとう。でももう帰りましょ、ね」

 そう言って大きな猫をよいしょっと持ち上げる。もう一度コーンを見あげ、マンションの方へ踏み出そうとした時、天音はふらりと眩暈を感じ、そのままブラックアウトした。



 その日の夕方から夜半にかけて、世界中のあちこちから成層圏外に向けて百ほどのエネルギー物体が上昇し、成層圏外に達したところで消えた。これらの物体は、十年ほど前には宇宙ゴミが成層圏内に落下し燃え尽きたとして処理された同じものだが、今回は戦略レーダーにICBMかと警戒させたものの、放物線軌道を描くことなくまっすぐに上昇してそのまま消えてしまったため“unknown“と記録に残されて終わった。




 天音が覚醒したのは、時間にして三時間ほど後のこと。だがそれは、大きな問題ではなかった。大問題だったのは、そこが巨大宇宙船の内部であり、しかも天音ひとりのためにヒトが居住できるように特別に準備された空間であったことなのだが、気が付いたばかりの天音にそんなことがわかるはずもなかった。


「サクヤ? サクヤどこ?」

 覚醒と同時に抱いていたはずの愛猫の重みと手触りがないことに気付き、天音は半身を起こそうとした。右ひじを突いたところで、そこが神社の駐車場ではなく室内であることがわかるが、同時に黒い円錐型オブジェがあることに驚く。驚くが、いや、まずサクヤだ。大切な相棒を保護しなくてはならないと周りを見回しながら横座りになる。

 そこは、鈍い銀色の枠取りがある白いパネルが連なって壁になっているかなり広い部屋だった。見回せば天井にはグリッド付きの照明が埋め込まれており、窓もドアも見当たらない。天音は部屋のこちら側に座っており、右手には黒いオブジェ、そして向こう側には五、六十の人が、数人ずつ集まりお互いに何かを話している。


 戸惑っていると、部屋のまんなかあたりに光る丸い塊が現れた。ハッと気を引かれた天音が見つめる間に、丸い塊はグレーのスーツ姿の男性の形になるが、徐々にその形が変わりネイビーブルーのTシャツと黒の細いパンツを身に着け、茶色いストレートヘアを肩の位置で切りそろえた女性となった。声もなく目を見張る天音と視線が合ったその男性とも女性とも言い切れない、いや、むしろ人間と断言できない何かは、天音に微笑みかけた。

 その何かは、天音に微笑みかけた後、何故か軽く手を振って集団に混ざってしまった。耳を澄ませば、ルルルル、リリリリというような耳に心地よい音が聞こえる。それは、もしかしたら言葉の一種なのかもしれない。


 驚愕と言うのか、すでに驚きを通り越して無反応になってしまった天音の目の前にようやく愛猫サクヤが現れた。サクヤは黒いオブジェから現れ、ゆっくりと天音の前まで来ると床に着いた右手の甲を舐める。

「ニャー」

 と鳴くと、何故か向うの人々(?)が一斉にこちらに注目する。



 サクヤは猫だ、猫の筈だ。だが、スーツ姿の男性がTシャツとパンツ姿の女性になってしまったのを目撃した今となってはそれを確信できない。何年も一緒に居て、名を呼べば返事をした。夜はベッドの枕の脇に丸くなって寝ていた。同じテーブルでサクヤはキャットフード、自分はパンやごはんやスパゲッティを食べた。お皿からお肉やチーズを分けたし、盃を用意して、ワインやお酒をぺろぺろと舐める猫と晩酌を楽しんだりもした。だが。


 サクヤは天音の左脇に移動し、ゆっくりと光の玉に、そしてグレーのロングヘア、青い目、紅色のTシャツにグレーのパンツを身に着けたきれいな女性になって、いつの間にか天音と並んで体育館座りをしていた。それは、愛猫と同じ毛の色、目の色、そして首輪の紅色がTシャツの色になっている、どこかサクヤを思わせる色使いとはなっているのだが……。ちょっと気絶しておいたらどうかな、と現実逃避したい天音は思ったのだった。


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