12.十の惑星に派遣された十人のモニター
日本人は、法が支配する国、さらに言えば法を守らせる強制力を持った世界で生きている。
だが、暴力がすべてを支配する世界もありうる。
法治国家がない場所へ人を送り込めば、暴力の支配する場所となるのが普通の展開なのかもしれない。衣食足りてようやく世界は穏やかに回り始めるというのは現実だろう。だが、アイザックには手持ちの“クッキング・システム”というツールもある。
どうかこんな異星まで来て食料を奪い合って全滅するなんてことにならないでほしい、と美希は思う。
現時点では、食料も衣服も、リクエスト・リストにあるものなら何でも、支援船から短距離転移でタブレットを目標点として送られてくる。これについて、モニターには各々の見解を文書で提出するよう求められた。
アイザックは、移民に対して食糧支援を行うこと自体に反対する見解を提示していた。送り出された惑星で生きるために、そこでの生産活動を一刻も早く開始してほしいというのだが。
その見解には非常に効果的な反論が出た。
「アイザック、この惑星の鳥類が絶滅します」
反論者は、アメリカ大陸で大型肉食獣がいなかったためにヒトや猟犬を恐れなかったリョコウバトが百年ほどで絶滅した例を提示した。
次の場所は、山間の大きな湖の畔で、そこで二カ月。
雪解け水の豊かな山裾で二カ月。
浅海に群島が散らばる海域で、孤島に一カ月。
ミキの質問にアイザックの答え、アイザックの疑問にミキの日本人としての回答と、飽きることなく繰り返された。
シロサキ・アマネは、家族が一緒に居られる移民形態がいいといっているがミキはどのように選べばいいと思うかという、答えに詰まる質問も受けた。ちょっと待ってと思った。恒星アイザックと惑星美輝と答えた時のような軽率な回答は許されない。
「そうですね、例えばひとつの国を丸ごとというのはどうでしょうか。現在地球温暖化による海面上昇で沈んでしまうと恐れられている小さな島国はどうでしょう。多島海に移ってもらえば生活に大差がなくて比較的楽かもしれません。国ごと移れば社会体制も法律もそのまま有効なので、楽かもしれませんね。また、農業を主産業とする国なら、多くの国民が農業を熟知していて早く農業生産が始まるでしょうか」
「ただ、国際的な圧力が失われると、独裁制になってしまうかもしれなくて、そこがマイナスになるかもしれません。人類学者と社会学者のモニターの方の意見を聞いてみてください」
どうにも玉虫色の発言にしかならない。
美希以外の九人のモニターは、生物学者、建築家、文化人類学者、法律家、コンピューター言語専門家、社会学者、農業指導者、十八歳男子、そして三十五歳キャリアウォマン・主婦経験ありだった。そして美希が医療者だ。
タブレットは、“鑑定・分析を必要とするようになった”ことを条件におよそ半年で全員に配布された。タブレット開放と同時に、キュリの子機に名をつける権利とアクセス権が解放された。最初に開放された美希が「ピエール」を取ったので、娘イレーヌを選ぶ人も居た。だが、自分の母の名や好きな小説の主人公の名をつける人の方が多かった。HALを選んだのは、意外にも六十七歳の法律家だった。




