霧子、のやうな
〈饗されし蓼酢に人は思ひなし 涙次〉
【ⅰ】
杵塚、最近躰の調子が思はしくない、と云ふ。なんだか、頭が重く、躰もだるい。
杵塚本人としては、これは【魔】にやられたな、と云ふ思ひがある。
然し、杵塚に憑依する【魔】と云つたら、間司霧子しかあり得ない。霧子の事を、映画『霧子』で、散々暴露したからだ。だが、* 霧子は、カンテラに、傳・鉄燦の脇差しを奪はれた後、冥府に墜ちた筈だ。魔界とはもう繋がりがない。
* 当該シリーズ第66話參照。
【ⅱ】
カンテラ、その話を訊いて、「シュー・シャイン」を冥府に派遣した。「シュー・シャイン」、かう云ふ事は、木場惠都巳にインタヴューするのが手つ取り早い、と、彼女の許に行つた。
「あら、『シュー・シャイン』ちやん。珍しいわね」。惠都巳はごきぶり姿の「シュー・シャイン」を嫌はない。一度、彼女の氷漬けのバスタブに「シュー・シャイン」は落ちて、溺死しさうになつた事があるぐらゐだ。
彼女が云ふに、「霧子さんなら、こゝ冥府にゐるわよ。ちやんと、わたしがこの目で確かめたから。尤も、霧子さんは、こんなところわたしのゐるべき場處ぢやないつて、云つてたけど」
【ⅲ】
霧子の目はなさゝうだつた。テオ、八方手を盡くして探つてみたが、他の【魔】には該当する者が見当たらない。これは-
霧子には、魔界にフォロワーがゐた。その名、司露子。その名が示してゐるのは、彼女が霧子の、謂はゞ、「もぢり」的存在である、と云ふ事。パロディとしてしか、彼女は存在し得ないのだ。
「シュー・シャイン」、その事を(忙しい身だな・笑)突き止めた。
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〈眩しくて目を細めしが眠りへと繋がる時ぞ危なし危なし 平手みき〉
【ⅳ】
露子、霧子の(やゝこしいがご勘弁を)意趣返しをしてやらう、と、杵塚に憑依した譯である。
要するに、「霧子、のやうな」別人(?)だ。カンテラ、これには意表を突かれた。
【ⅴ】
だが、カンテラにとつては、傑作と認めざるを得ない映画を撮つた、杵柄は一味の寶だつた。彼を守りたい、と云ふ氣持ちが強い。他人を守る為に、カンテラ出馬したのは、作者の思ひ返す限り、これが初めての事だ。
(露子は「ニュー・タイプ【魔】」だらうか?)(パパ、多分さうね。わたしがテレパシーのネットワークで調べたところに依ると)(君繪、正直パパに勝ち目はある?)(全然大丈夫よ)
君繪に力付けられ、カンテラはじろさんと、久し振りに魔界に潜入した。魔界には、畸妙な事に、カンテラの擁護者がゐる。今の魔界に飽き足らない、不平分子だ。その【魔】、露子のゐる部署を知つてゐた。「一つ案内して貰はうか」-「御意」
【ⅵ】
露子は、サバトの會場に、ゐた。これから黑ミサを仕切るのは、だうやら彼女らしい。霧子のやうな、人間界出身の女を、「祭壇」として探してゐる- 女でも、黑ミサ主宰は可能らしい。
じろさん、周りに屯してゐた、雜魚の【魔】を、すぐさま片付けた。だが、こゝで畸怪な事に、カンテラが刀を拔けない、と云ふ、一味にとつては一大事が起きる。先に、わざわざ君繪に力付けられなければならなかつた、理由がそれだ。
カンテラにとつて、霧子の事は、最早タブーなのである。項垂れ、じろさんに肩を抱かれ、カンテラはその場を後にした。
【ⅶ】
カンテラがこれでは、お話にならない。じろさん・テオとしては、カンテラの霧子への恐怖を和らげなくてはならない。じろさんは、自分が武道修業中に試してみた、一種の自己への問ひ掛けを、カンテラにやらせてみやう、さう思つた。以前にもかう云ふ事があつた。カンテラ、その度に「蘇生」してみせた。その氣概を、今回も見せて慾しい。じろさんには、さう願ふしかなかつた。じろさんの見たところ、露子にはカンテラをどん底に突き落とすやうな、強力な魔力はなさゝうだつた。が-
だが、それを語るには紙幅が足りない。その話は次回のエピソオドへ持ち越す。重ねがさね、ご勘弁を。
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〈浮草やひゆるりと風が水面行く 涙次〉
さて、一味は途方に暮れてゐる。これ迄にも、カンテラ、スランプはあつたが、刀を拔けなくなる程の、と云ふのは、作者の思ひ返す限り、今度が初、なのである- 次回への課題だ。今回はだうやら重症であらうが、そしてじろさんではないが、作者も天に願ひを賭すしかない。
それでは。