夫の忘れ物 1
子どもたちがご飯を食べ終えると、ようやくメリッサにも自分の時間が――訪れることなどない。
しかし洗濯に関してはマーサとメアリーが水と風魔法を使い手早く洗ってくれるので、あとは干すだけ。
昨日のお出かけ着については、のちほど専門の業者に出す予定だ。
メリッサは早速洗濯物を干すことにした。
侍女たちが腰を痛めてから、洗濯を干す仕事はメリッサがしている。
「「申し訳ございません」」
「それは言わない約束よ」
むしろ、侍女たちには立ち居振る舞いやら貴族としての手紙のやり取りなど、メリッサはお世話になってばかりだ。
伯爵夫人としては褒められたことではないが、高齢の侍女たちに腰を痛める可能性がある洗濯干しをさせるのは人間として褒められたことではない。メリッサはそのように父と母に育てられている。
「大変でございます!」
そのとき、珍しいことにダリアが走ってきた。いつもゆったりと淑女の鑑のような彼女にしては珍しいことだ。
「まあ、ダリアどうしたの?」
はあはあ、と中々息が収まらないようだ。
無理をしたのではないかとメリッサが密かに心配していると、ダリアは一通の封筒を差し出してきた。
「これは?」
「――旦那様が本日の会議でお使いになる資料でございます」
「それは大変、早速執事長に」
「執事長は急用で出掛けております」
それは大変だ。魔術師団長ともあろう人が、資料を忘れたなんて知られたらきっと恥を掻いてしまうし、会議の進行にも差し支えて周囲に迷惑を掛けてしまうだろう。
「「「この婆たちが届けられれば良かったのですが、生憎今日の曇天で腰が……」」」
「他に頼める人は……」
「今からでは会議に間に合わぬやもしれません、どうか奥様が届けていただけませんか?」
「――そうね。フェリオ様もお困りになるでしょうし……」
フェリオがいるのは王城だ。
行くのは気が引けるが、城門で事情を話し衛兵に渡せば届けてもらえるだろう。
侍女たちが一瞬、何かを企んでいるような邪な笑みを浮かべた気がした――が、メリッサが瞬きをした直後には、三人は上品で柔和な侍女然とした微笑みを浮かべていた。
「「「そうとなれば、早速準備を!!」」」
「えっ、時間がないのでは!?」
「「「いえいえ、お時間のことはお気になさらず!!」」」
「えっ、えっ!?」
腰が痛いとは思えないほど三人の力は強く、かといって転ばせてしまったらと思えば振りほどくこともできない。
メリッサはクローゼットルームに連れ去られてしまった。
作業用のワンピースを脱がされ、化粧水とクリームで丁寧に肌を調えられ、薄くおしろいを塗られた。
「奥様はお肌が美しいのでおしろいはほんの少し」
「そうかしら……」
「薔薇のような頬ですが、軽く頬紅を」
「……薔薇?」
「唇は赤くサクランボのよう……形を整えてツヤとほんのり色を付ける程度で」
「確かに唇は赤い方かもしれないけど?」
癖が強い髪は、複雑に編み込まれ、控えめなパールの髪飾りがつけられた。
アイシャドーにアイライン、眉毛も整えられて、鏡には見たことがないほど美しいメリッサが映っている。
「魔法かしら?」
「「「魔法などではございません。私どもの奥様は王国で一番愛らしいのです!! さあ、とっておきのドレスでございます。しかしその前に」」」
「こんなに締める必要がっ!?」
「「「ドレスは淑女の武器でございますゆえ」」」
やはり腰を痛めているようには思えない力で、三人はメリッサのコルセットをしっかりと締め付けた。
――家事をしている方が楽かもしれない。
パールで彩られた淡い水色の可憐なドレスに身を包み、そんなことを思うメリッサ。
「「「それでは、よろしくお願いいたします」」」
「あっ……はい」
「「「ごゆっくりなさってください」」」
「お届け物が終わったらすぐ帰るわ!?」
差し入れの封筒と一緒にクッキーの小包を持たされ、馬車に乗せられたメリッサは、久しぶりに伯爵家から外に出たのだった。
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