王立学園と助手 5
荷物を持ってラランテスを追いかけていく。廊下は少し濡れていた。拭き掃除をしているようだ。
廊下に膝をついて磨いている女性の髪は、スカーフでほぼ隠されていたが、美しい金色だった。
ここまで美しい金色の髪……メリッサは一人しか知らない。
顔を上げた彼女の瞳は、晴れ渡った空より青い。
「――どうしてここにいるの」
それはメリッサの台詞だ。
どうして、王族である第八王女アンナーティアが、床掃除などしているのだろう。
「第八王女殿下。ロイフォルト夫人は、私の助手になったのですよ」
「――そうなの」
「では、授業の開始時間になりますので。ああ、昼休みになるまで掃除をして、それから研究室においでください」
「……くっ、わかったわ」
アンナーティアは、屈辱に顔を歪めた。
それはそうだろう。彼女はこれまで、誰かに膝をついたことなどないのだ。
――しかし、王族であるアンナーティアが床掃除とは。
メリッサは、非現実的なその光景にめまいがするようだった。
メリッサは一礼をして、ラランテスのあとに続く。
「……あの」
「彼女を匿ってほしいと、ローザ様から直々に頼まれてしまったものでね。貴族だけでなく王家の子どもたちが集まるこの場所は、ある意味王城よりもセキュリティが強固なのだよ」
王城には魔術精霊主義派の貴族も多く出入りする。12歳から利用されていた彼女が、口封じのため危険にさらされる可能性もある。
王立学園で子どもたちが事件に巻き込まれたという話は聞いたことがない。
高位貴族や王族の子どもたちを守るため、魔道具が配備されているだろうし、彼らを守る講師陣も一流の者ばかりだ。
国王の祖母であるローザは、末の孫であるアンナーティアを守りたかったのだろう。
「――それに、少しばかり灸を据えてやってくれとも頼まれた」
「きゅう、とは?」
「……灸が何かは謎に包まれているが、私の祖国に古くから伝わる格言だよ」
彼女の横を通り抜け、メリッサはチラリと振り返った。彼女は拭き掃除を再開している。思った以上に、真面目な性格なのだ。
「君を連れ歩く限り、私の研究室は、見張りも多くどこより安全だろう。そこに目を付けられたのだろうなぁ……。なんとも面倒なことだ」
ラランテスは信頼における、とメリッサは思う。魔道具研究のための素材で動く現金なところがあるが、なんだかんだ言って面倒見が良いのだ。
「まあ、しかしローザ様からは、彼女の持つ温室から魔法植物をいつでも譲ってもらえる権利をいただいた。面倒ではあるが、対価としては十分だ」
「……」
魔法植物については、メリッサも聞いたことがあった。
育て方が難しく、種を手に入れるのも困難。
魔法植物の花は、とても美しいらしい。
温室でたくさんの種類が咲き誇る様は、さぞや美しいことだろう。
「君は助手なのだから、一緒に見に行けば……うぉっ!?」
ラランテスの足下が、急にびしょ濡れになった。
「水魔法か……。あ〜、ロイフォルト伯爵に頼みたまえ。君になら魔法植物の花束だって、捧げてくれることだろう」
「……っ、花束にするために、摘んでしまってはもったいないですわ!」
「それもそうか」
魔法が放たれたのは、おそらく天井裏から。フェリオに伝わったら、希少な魔法植物が本当に花束にされてしまいそうだ。
メリッサは慌てて否定の言葉を口にした。
「でも、見に行けたら……素敵でしょうね」
メリッサは半ば無意識に呟いただけだが、この言葉はもちろん天井裏に潜む二人の侍女からフェリオに伝わることになる。
「おや、大変だ。予鈴が鳴ってしまった」
ラランテスが歩みを速めた。
授業に遅れては大変だ。
メリッサも小走りで彼の後に続くのだった。




