王立学園と助手 4
――床に散らばっていた書類が拾われ、分類されて積み上げられる。
貴重品には触らずに、床を掃除して埃が除かれる。
なんとなく空気も清浄になったようだ。
「この推論は使えるようだ。早速実験を……」
そこでようやくラランテスは顔を上げた。
「……」
「ラランテス先生?」
「……これはこれは」
「あの、余計なことをしてしまいましたか?」
もしかすると、ラランテスにとって落ち着く空間を壊してしまったか、とメリッサは恐縮した。
しかし、ラランテスはにっこりと笑い口を開く。
「いや、助かった。感謝する……だが、君を助手にしたのは、ロイフォルト伯爵とルード君とリア君が不在時の安全を考え――いや、これからも掃除は君の仕事だ」
「――ラランテス先生」
彼の性格からいって、ただメリッサを助手にするなど考えにくいとは思っていた。
やはりそうだったかと思いつつ、メリッサは立ち上がる。
「先生はコーヒーがお好きでしたね」
しかし、ラランテスに与えられた部屋には食器が見当たらない。
「あら……コーヒーやネルはあるのに、お鍋や食器がない……?」
「そこのビーカーでも使ってくれたまえ。湯は、そちらのピンク色の炎で沸かせば良かろう」
「……」
メリッサは、見たこともないピンクの炎に合わせ、台とビーカーを置いた。
幸いなことに水道は引かれているようだ。
炎の温度は見た目より高いのだろう。
ビーカーの底からはすぐに泡が浮かび始める。
「――珍しい炎ですね」
「妖精たちの嫉妬を集め、アルコールに溶かし込む。それを燃料にすると炎がピンク色になるのさ」
「妖精たちの――嫉妬?」
「ああ、妖精たちに魅入られた魔女に魔道具を差し出した対価だ」
――妖精、魔女、対価……。何もかもメリッサが言葉としてしか知らないものだ。
「君は知らなくていい。気に入られたら大変だ」
「……わかりました」
ラランテスやフェリオは、王国の魔術研究の中心にいる。
きっと、一般の国民では知らない不思議なこともたくさん知っているのだろう。
だが、それらはきっと強大な力を持っていて、メリッサのように魔力を持たないものが不用意に近づいてはいけないものなのだ。
メリッサは、コーヒーを淹れてラランテスに差し出す。何に使ったか不明なビーカーに入れて。
「せっかくだから君も飲みたまえ」
「え……ええ……」
口にしたコーヒーは香り高くてとても美味しかった。
「そろそろ授業の時間だな。面倒なことだ」
「……」
「さて、行こうか」
ラランテスがメリッサの安全のために、配慮してくれたことは理解した。
もしかすると、フェリオが頼み込んだ可能性もあるが……。
どちらにしても少しでも役に立つことが、今メリッサにできる事であろう。
メリッサは、実験器具が入った重たい鞄を手にラランテスを追いかける。
――持った直後に、下から風が吹いてきて!鞄がとても軽くなったのは……おそらく天井裏に潜む風魔法の使い手、メアリーの力によるものだろう。




