侍女の秘密 3
「――私の祖国は、エールティティア国でございます」
エールティティア国は、ティアレイア王国の東にある小さな国だ。
「……ラランテス先生と同郷だったのですね」
「ええ、左様でございます。私がこのティアレイア王国に来てから半世紀が過ぎておりますゆえ、先生とは故国での面識はございませんが」
ダリアは無骨な腕輪を見つめ、そっと指先を滑らせた。
「エールティティア国は、三十年前にこの国の属国となりましたが……それ以前から両国は長年に渡り小競り合いを繰り返していました」
「……聞いたことがあるわ」
ティアレイア王国には強い力を持つ魔術師が多数生まれる。
その力で大陸での影響力を強めてきたのだ。
だからこそ、魔力がない者にこの国では多くのものが蔑みの視線を向ける。
幸いなことにメリッサの家族は魔力のあるなしに関わらず彼女を愛してくれたが……。
「五十年と少し前、私は前線でこの国の捕虜になりました。これは隷属の腕輪。主人の命令に逆らえぬよう縛り付けられ、私はこの王国で影として生きることになりました」
「そんな」
「自分であれば戦況を変えられると――しかし、先々代ロイフォルト伯爵は強かった」
隷属の腕輪など恐ろしい……メリッサは、ダリアの腕輪を凝視した。
そして、ここに今は亡きフェリオの祖父が出てきたことにメリッサは驚きを隠せなかった。
「私を殺すのは魔獣との戦いにおいて損失だと、先々代ロイフォルト伯爵が私の助命を陛下に願い出てくださって、私は命拾いしました」
「フェリオ様のお祖父様が……」
ダリアは懐かしげな表情を浮かべた。
フェリオの祖父は、とうの昔に他界している。だが、会ってみたかったとメリッサは思った。
「私に与えられた使命は、当時王太子の婚約者候補だったローザ様の身を守ること、彼女自身が王家を裏切らぬように見張ることでした」
「……王家の影」
心を持たない殺人集団、国王の犬、王国の守護者。
彼らへの評価は一定しない。その存在は確かにあるのに、全てが謎に包まれているのだ。
彼らにとって、国王からの命令は絶対であるという。
……魔術師団のトップにいるフェリオはもちろんダリアの境遇を知っていたのだろう。
「……王立学園に入学した私は、ローザ様の取り巻きの一人となりました」
「取り巻き……?」
「ええ、私の青春でございます」
メリッサは思う。
その取り巻きは三人組だったのではないかと……。
だが、それよりも今はダリアの腕に輝く隷属の腕輪が気に掛かった。
視線を向けると、ダリアはベッドに横たわったままニコリと笑った。
「ご心配なく奥様。もうこの腕輪には隷属の力はございません。ローザ様が王妃になられた日に、私のことを役目から解放してくださったのです」
「……そうだったのね!」
メリッサは、すでにダリアが隷属から逃れているとわかりホッとした。
「そのときに、ローザ様がラランテス先生に隷属の力の代わりに私の身体を強化する力を腕輪に付与するよう命じられまして……」
「そんなことが可能なの?」
「……可能なのでございますよ。だって、当時の私を隷属できるなんて……神話時代の遺物くらいですもの」
「!?!?!?」
ツッコミどころが多過ぎないか。とメリッサは思った。
神話時代の遺物、当時のダリアの力、そしてそれを改造してしまうことを命じるフレデリカ様に改造できてしまうラランテス。
「さて、年寄りの長話に付き合わせてしまいましたわね」
「話してくれてありがとう」
「ええ……でも、奥様は私の出自を聞いてもやはり変わりませんのね」
「もちろん、ダリアはダリアですもの」
「ふふ、ありがたき幸せ」
ダリアの表情は、主君に向ける武人のそれだった……気がした。
メリッサはこれから先も彼女は活躍し、事件を起こすのだろう……そんな予感が拭えなかった。




