侍女の秘密 2
馬車は、屋敷に着いた。
「ねえ、ルード。ご馳走見てくる?」
「うん、リア。気になるよね」
「「お母さま、先に食堂に行っても良い?」」
「ええ、手を洗ったらね」
「「はーい!!」」
屋敷に入るとすぐに、ルードとリアは、食堂へと駆けていった。
今日は二人の入学祝いのため、料理長が腕によりをかけると言っていた。
ルードとリアの好物ばかりが、たっぷりと並んでいることだろう。
「「それでは奥様、準備がございますので」」
「マーサ、メアリー、ありがとう」
「「こちらこそ……。それでは、失礼いたします」」
マーサとメアリーも食堂に去って行った。
「さて、ダリアの具合はどうかしら」
メリッサがまずはじめに向かったのは、ダリアの部屋だった。
侍女の部屋は、2階にある。
メリッサは階段を上がり、従業員向けのエリアへ向かった。
長い廊下……そこになぜか人が倒れていた。
「嘘……!! ダリア!!」
メリッサは、必死になって彼女に駆け寄った。
躊躇うことなく床に膝をついて四つん這いになり、うつ伏せに倒れているダリアを覗き込む。
「ダリア!!」
「はあはあ……」
ダリアは汗だくで、息も荒い。
まるで何か激しい運動でもしたあとのようだ。
捲れた袖口から無骨な腕輪がのぞいている。
腕輪に嵌め込まれた宝石は魔石なのだろう……怪しく緑色に点滅してから光を失った。
この瞬間、メリッサはある事実を確信した。
理由は説明できないが、先ほどの美貌の侍女はやはりダリアなのだ。
「面目ありません奥様、道半ばで……」
「何を言っているの! マーサ! メアリー!」
すると食堂に行っていたはずのマーサとメアリーが廊下の向こうから風のように現れた。
本当に不思議なのだが、メリッサが呼ぶと侍女たちは、屋敷内のどこにいても気がついて来てくれるのだ。
「あらあら、ダリア。時間内に辿り着けなかったのですね」
マーサは頬に手を当てて首を傾げた。
「ふう……私たちの奥様は聡いのですから、気がついてしまわれたようですわよ」
メアリーは額に手を当ててため息をついた。
「――なんとしても、部屋まではと思ったのですが」
ダリアは無念そうな声を上げたが、倒れ込んだままだ。
「さて、とりあえずダリアを部屋に運びましょうか」
メアリーはそういうと、虚空に魔法陣を描いた。
難解な魔法陣だ。上級魔法を勉強し始めたメリッサにはわかる。
メアリーの風魔法は、王国でも有数のレベルに達するのだ。
――普段は、掃除や洗濯、メリッサのコルセットを緩めてくれるために使われているけれども。
よくよく考えれば、水魔法で靴を作り上げるというのも聞いたことがない。
以前のことを思えば、マーサの水魔法も常軌を逸したレベルであろう。
――やっぱり普段は、掃除や洗濯、メリッサの靴を作ることに使われているけれど……。
風魔法の力で、ダリアの体が宙に浮いた。
マーサが軽くその体を押すと、ふわふわと風船のように前に進んでいく。
メリッサは三人の後を追いかけるのだった。
* * *
ダリアをベッドに寝かせると、マーサとメアリーは一礼して去っていった。
ダリアの息はずいぶん整ってきたようだ。
メリッサは椅子を引いてきて、ベッドの横に座った。
「ダリア……」
「奥様、その顔は気づいてしまわれたのですね」
「今までも、こんなふうに私たちのことを守っていてくれたの?」
侍女たち三人は高齢であり、無理をしては腰を痛めていた。
けれど、三人の中でダリアが一番腰を痛めて長く寝込むことが多かった。
もしかして、そのたびに何かが起こっていたのだろうか。
――戦場でラランテス先生と会ったようなことも聞いたわ……と、メリッサは以前耳にしたラランテスとダリアの会話を思い出した。
「私の大切な奥様。少しだけ私の人生がどのようなものであったか聞いてくださいませんか?」
「ええ、もちろんよ」
メリッサはダリアの手を握った。
彼女の手はシワだらけだったけれど、武器を握ってきたことが察せられるように硬かった。




