夫婦の会話
フェリオはベッドの端に腰掛けていた。
何となくではあるが、メリッサには彼の体調が悪いように見えた。
「フェリオ様!」
メリッサは思わず駆け寄った。先ほどまで用件だけ告げて退室しようと決めていたにもかかわらず。
「メリッサ、なぜ部屋に――ああ、マーサたちが妙な気を回したか」
フェリオはスッと立ち上がり苦笑した。
「結婚式のあと、少しでも一緒にいられたのならいざ知らず、君と俺は初対面に等しい……だが、三人に悪気はなかったのだろう、許してやってくれ」
「マーサたちの気持ちはわかっているつもりです。今日この日までとても大事にしてもらいましたから」
「……それは良かった」
メリッサのことをしばらくの間ジッと見つめ、フェリオは自身のロングコートを羽織らせた。
「その姿はとても可愛らしい。だが、今夜は部屋に戻るように」
「……」
「……メリッサ?」
メリッサはフェリオの金色の瞳をジッと見つめ、やはりと思いながら手を伸ばした。
手の平が額に触れる。フェリオの額はひどく熱い。
「やはり、熱があるのですね」
「大したことはない」
「ありますよ! ひどい熱です。疲れきって帰ってきたのに、ずぶ濡れになったからですか?」
「いや違う、あの程度では――いや、やはり水に濡れたからかもしれないな」
メリッサは黙り込み、今度はフェリオの手の平を確認した。
先ほどあんなにも簡単にメリッサの傷を治したのに、フェリオはやはり自分の傷を治していない。
「――風邪を引いたのではないのですね」
「メリッサ?」
メリッサはこの症状を知っている。
一年と少し前、双子たちが同じ状態になったことがあるのだ。
たぶんフェリオは、魔法を使い過ぎているのだろう。
「魔力を限界まで使い、帰ってきて、どうして私などのために無茶をしたのですか」
「なぜ君はそんなことを知っている」
「やはりそうなのですね。なぜかって、風邪を引いて寝込んだとき、私を治そうとしたルードとリアが魔法を使い過ぎて同じ状態になりましたから」
あの日のことは、考えるだけで切ない。幼いながらに自分を気遣ってくれた双子の優しさは嬉しかった。けれど、まさかそのあと二人があんなに苦しむことになるとは思いもしなかったのだ。
――魔法を使える人間は希少で、魔法については秘匿されていることも多い。
魔法を使い過ぎるとひどい風邪を引いたようになる。時には命を失うことだってある。
メリッサはそのことを知らなかった。でも、そんなのただの言い訳だ。
魔力が強くて魔法が使える人間が生まれるロイフォルト伯爵家にはたくさんの資料があった。メリッサはこの家の夫人として閲覧を許されていた。
――だから、いくらだって調べられたのだ。
ちゃんと二人に注意を向けてあげられなかったメリッサの責任だ。
メリッサはため息をつくと、フェリオの手を引いた。
「まずは休息が一番大切です。何か温かい物を用意しましょうか?」
「いや大丈夫だ……」
ベッドの掛け布団をはぎ取ると、フェリオに横になるように促す。
「横になってください」
「いや、しかし今日中に確認しておきたい書類が」
「重要機密ですか?」
「いや、しかし急ぎの……」
「私が拝見して問題ありませんか?」
「ああ、家に持ち帰っても良い書類だ、問題ないが……」
メリッサはフェリオのそばを離れ、机の上の書類を確認した。
「これなら私にでも処理できそうです」
「しかし君は」
「この三年、執事長にたくさん教えていただきました。ラランテス先生にも」
「あの気難しい執事長とラランテスが君に教えを?」
「ええ、確かに教えていただきました。処理しておきますので朝確認なさってください」
フェリオはまだ何か言いたそうだったが、メリッサの勢いに負けてベッドに寝転んだ。
「つらかったり何か欲しいものがあったら声をかけてくださいね」
メリッサはベッドの横に椅子を引いてくると、そこに座り書類を確認し始める。
「――君は、手紙からイメージしていたとおり、面倒見が良いな」
「フェリオ様、そのことについてですが……」
しかし、高い熱と戦場での疲労と、ようやく帰れた安堵からだろうか。フェリオはもう、寝息を立てていた。
「……体調が悪い人に聞くことでもないわね」
フェリオはメリッサが送った手紙を読んでいたような口ぶりだ。
しかし、フェリオが手紙の返事も寄越さないような薄情な人だとメリッサはもう思えなくなっていた。
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