【番外編】三年前、双子との出会い 2
頬が真っ赤に染まっても、ベールが隠してくれる。
幸いなことに、メリッサの失敗をフェリオが追求してくる様子はない。
ルードとリアも気が付かなかったのだろう。双子は少しだけ緊張した面持ちで、メリッサの長いベールを手にして後ろを歩き出した。
フェリオの腕に掴まりながら、メリッサは前を向いて歩く。
祭壇までの道のりは、とても長く感じた。
この道のりを歩き切ったら、メリッサはフェリオの妻になるのだ。
フェリオとメリッサは、祭殿を前に向かい合う。
神官が精霊に代わり祝福の言葉を告げる。
このあと、花嫁と花婿は誓いの言葉と口付けを交わすのだ。
ベールが持ち上げられたとき、メリッサはフェリオのあまりの美貌に驚きを隠せなかった。
一番初めにメリッサの視界に飛び込んだのは、金色の瞳だった。
フェリオはいったい何に驚いたのだろう。
その目が大きく見開かれ、端正な唇がほんの少し震えた。
直後、彼はほんの少しだけ切なげな表情を浮かべた。
しかし、メリッサが瞬きをして再び目を開いたとき、彼の表情は冷たい美貌に隠されてしまっていた。
二人は見つめ合い、誓いの言葉を口にする。
「フェリオ・ロイフォルトは、妻となるメリッサを生涯守り通すと誓う」
「メリッサ・カレントは、夫となるフェリオを生涯愛しむと誓います」
それは、結婚式の決まり文句だ。
だが、メリッサにとっては心から口にした言葉だった。
このあとすぐに戦場に向かわねばならないフェリオが、まだ幼い双子の甥と姪のために母代わりの女性を求めただけだとわかってはいる。
それでも、もしも叶うなら家族として尊重し合えたらいい、心優しいメリッサはそう思っていた。
けれど、誓いの口付けは寸前で止められる。
フェリオはさらに追い打ちをかけるように、式典が終わるやいなや、「恐らく戦場から帰れないだろう……君はいずれこの家を継ぐ双子の世話さえしてくれればなにもかも好きにして良い」とメリッサに告げた。
メリッサは、ただ双子のためだけの婚姻であることを改めて思い知らされるようだった。
それと同時に、まるで生きることを諦めてしまったようなフェリオの様子が心配になってしまった。
だから出過ぎたことだと思いながらも、フェリオにこう告げた。
「──ご心配なく。ルードとリアを大切に育て上げますわ。そして、フェリオ様が戦場から帰るまでこの屋敷を守ってみせます」
「俺は……」
メリッサは慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、フェリオの手に触れた。
「無事に帰って来てください。ルードとリアの様子を手紙に書いて送りますね」
「……」
「生きてください。二人のためにも」
あの日、フェリオはほんの少し笑っただろうか。
だが、彼はこの会話のあとすぐに戦場に向かい、二人が再び出会うのは三年後の凱旋の日を待つことになるのだった。
* * *
「結婚式の日の夢を見るなんて」
メリッサは、真夜中に目覚めた。
──あれから三年が経った。三歳だった双子は六歳になり、十八歳だったメリッサはあのときのフェリオと同じ二十一歳になった。
今思えば、あの日の彼は、言葉通りもう帰ってこられないと思っていたのだろう。
いつもフェリオはメリッサよりも遅く眠り、早く起きる。
寝顔を見たのは、凱旋の日に双子の行動で傷ついてびしょ濡れになったメリッサを無理して助け、熱を出した時だけだ。
フェリオの寝顔は、メリッサが思っているよりもずっと幼なげだった。
「メリッサ・ロイフォルトは、夫となるフェリオを生涯愛しむと誓います」
真夜中の誓いの言葉。
あのときと違うのは、メリッサがロイフォルト姓を名乗っていること、それから愛しむという言葉の重みだ。
金色の目が不意に開かれた。
「──っ」
聞かれただろうか、とメリッサの心臓が高鳴る。
赤い顔は、暗闇が隠してくれていることだろう。
フェリオはメリッサの手を掴み引き寄せた。
そして彼女を抱きしめると耳元に唇を寄せる。
「フェリオ・ロイフォルトは、妻となるメリッサを生涯愛し守り通すと誓う」
あのときになかった愛するという言葉。
だからこれは、二人の新たな関係を誓うものなのだろう。
夜目がきくフェリオには、メリッサの顔が真っ赤であることが見えてしまったに違いない。
短い笑い声と共に、メリッサの額にフェリオの唇が触れた。




