三人の侍女
夜遅かったこともあるのか、ルードとリアはベッドに入るとすぐ眠った。
「フェリオ様と話をしなくては」
二人が完全に眠ったことを確認するとメリッサは立ち上がり、子ども部屋を出た。すでに廊下は真っ暗だ。
「明日にしようかしら……」
メリッサがあきらめかけたそのとき、廊下の向こうからユラユラとしたランタンの灯りが近づいてきた。
もしかしてフェリオだろうか、と思ったがランタンの灯りは一つ、二つと増え三つになる。近づいてくれば、それは高齢の侍女三人なのだった。
「マーサ、メアリー、ダリア」
名を呼ぶと、ランタンの灯りに照らされて三人はなにかを企むかのように不気味に笑った――ように見えた。
しかし至近距離まで来れば、三人の笑みはやはりいつも通り歴史あるロイフォルト家の侍女に相応しい柔和で上品なものだった。
見間違いかしらね、とメリッサは首をかしげる。
「「「奥様」」」
「三人とも、こんな夜遅くにどうしたの?」
そこまで言ってから、ようやく主人が帰ってきたというのに寝ているはずもないかと思い直す。
「「「奥様、とりあえずこちらにいらしてください」」」
「え? ええ……」
手を引かれていった先は、バスルームだった。フェリオはいない、すでに湯を浴び終えたのだろう。
なぜ連れてこられたのかと訝しんでいると、メリッサは衣服をはぎ取られた。
「ちょ、ちょっと!? お風呂なら私一人で入れるわ!!」
「「「いえいえ、この婆たち、いつも奥様のお力になれず歯がゆい思いをしてまいりました。しかし今宵こそ」」」
「今宵こそ何!?」
そもそもメリッサは貧乏男爵家の生まれで、誰かにお風呂で洗ってもらうという経験がほとんどない。
今まで侍女たちもそんな彼女に合わせ、一歩引いた位置からお世話してくれていた。
それなのに今夜の三人は有無を言わせぬ勢いだ。
シャボンで磨かれ、オイルを塗りたくられ、良い香りのお粉をはたかれた。
着せられたのはいつもと違う、フリルいっぱいの白いネグリジェだ。
「ねえ、私は……」
ここまで準備されて、メリッサはようやく侍女たちの行動の意味に気がついた。
――これは初夜の準備なのだ。
「あの、あなたたち! 実は私は」
「奥様が思い悩んでいること、私ども気がついておりました」
「本当に坊ちゃ……いえ、旦那様ときたら不甲斐ないこと」
「申し訳ありませんでしたね、見捨てないでやってくださいませ」
「見捨てるのは私ではなくて」
しかし、侍女たちがメリッサの話を聞いてくれる様子はない。
「大丈夫です――全て旦那様にお任せすれば……少し心配ですわね……いえいえ、大丈夫です」
マーサの言葉を聞きながら、あまり大丈夫ではなさそうだと思いつつ、メリッサはフェリオの部屋まで連れていかれてしまった。
扉は少し開いて明かりが漏れ出していた。
「ベッドも旦那様不在の間に大きめのものに入れ替えておきました」
「えっ」
メアリーは自慢気に少し曲がった背中を反らした。メリッサが出掛けているときにでも入れ替えたのだろうか。
この部屋に近づくことがなかったから全く気がつかなかった。
「でも、私は」
「――旦那様には、奥様の支えが必要なのです」
ダリアが白いハンカチで目頭を押さえた。
こうなってしまえばもう、お人好しなメリッサがお断りすることなどできはしない。
もちろん百戦錬磨の侍女たちはそこまで計算済みなのであろう。
結局「白い結婚のまま別れるはず……」という言葉を伝えることができずに、メリッサはフェリオの部屋に押し込まれてしまったのだった。
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