手紙の真相 4
「魔術精霊主義者たちは、ロイフォルト伯爵がいなくなれば時代の流れを止められると思ったのだろう」
「……時代の流れですか?」
気を取り直し、ラランテスが語り出す。
「――愚かなことだ。歴史でも中心人物を失えば、むしろ変化は加速することが多いというのに」
ラランテスの言うことはいつも難しい。
けれど、フェリオはメリッサが思う以上にこの国において重要な立ち位置にいるようだ。
もちろん、魔術師団長という職に就いているのだから、重要人物であることは理解していた。
――時代の流れ、とまで聞いてしまうと本当に自分が相応しいのか、と思ってしまうのだ。
「メリッサ君」
「はい……」
「だが、激動の中にいるからこそ、普通の幸せを求めるということもあるのだよ」
「……」
しかし、ラランテスの言葉を聞いて今までのフェリオの言動を振り返れば、それも事実と思えるのだ。
彼はとても危うい。そして、帰る場所を探しているようだった。
「あまり難しく考えることもない。君はそのままで……とても面白い」
「面白いとは」
「はは、冗談だ」
ラランテスはニヤリと笑った。
彼は人に興味がないようで、相手を本当によく見ている。
帰る場所を探しているのは、彼自身にも当てはまるのではないか――メリッサはふとそう思った。
「「ラランテス先生」」
「なんだね?」
「「父と母が死んでしまったのは、時代の流れのせいですか?」」
「……ふむ、それは答えるのが難しいな」
フェリオとメリッサを『お父さま』『お母さま』と呼び始めた双子。
しかし、父と母とはもちろん実の父母のことだろう。
「――メリッサ君、少し席を外してもらっても?」
「えっ……でも、私は」
「少しだけ内緒話をしたいんだ」
「――ラランテス先生」
「悪いようにはしない。君はあとからロイフォルト伯爵と二人から詳細を聞くといい」
メリッサは悩んだ。二人がこれから聞くのは、彼らの父母の話だ。
まだルードとリアは六歳。メリッサも一緒に聞いたほうが良いのではないか……そう思った。
しかし、それと同時にラランテスの言うとおりにするべきだとも思う。
「ラランテス先生を信じます」
「……私は誰かに信じてもらえるほど良い人間ではない」
「でも、私は信じます」
「はは、大変光栄だ」
メリッサは立ち上がると、軽く礼をして退室した。
* * *
メリッサの退室後、ラランテスは紅茶を口にして少しの間思案しているようだった。
双子は黙り込んだまま、ラランテスのことをじっと見つめた。
「――君たちは、最後の魔術師になるだろう」
ラランテスは、ようやく双子と視線を合わせるとポツリと呟いた。
「「最後の魔術師?」」
「そうだ、最後の魔術師だ」
「――でも、先生。私たちのあとにも強い魔力を持った人が生まれます」
「――先生、僕たちのあとにも強い魔術師は育つはずです」
ラランテスはティーカップを置いて話の続きを口にした。
「魔道具より強い力を持つ魔術師は、君たちが最後になる。これはあくまで私の推論だが」
「「どういうことですか?」」
「まだ、君たちには難しいかな……しかし、時代の流れとはそういうものだ」
ラランテスは立ち上がり、双子の後ろに回ると二人の肩をポンッと叩いた。
「ああ、でも君たちが新しい魔法を生み出したら、次の世代まで魔道具は勝てないかもしれないな」
「「……」」
「子どもは良い、無限の未来と可能性がある」
「「あの……」」
「おっと、年を取ると話が逸れがちになっていけないな」
ラランテスは困ったように笑った。
その笑みは嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。
しかし、双子の後ろに立つ今、彼の表情は誰にも見えない。
「本題に入ろう。君たちは父母の敵を取りたいか?」
「「……」」
双子はしばらくの間、黙り込んでいた。
そして、顔を見合わせて同時に頷いた。
「「もちろんです、先生。でもそれよりも、お母さまを守りたい気持ちのほうが強いです」」
「そうか」
ラランテスは、二人の答えなどお見通しだったに違いない。
だから、メリッサを退室させたのだ。
「君たちの父母を死に追いやり、戦場で情報が届かないようにしてロイフォルト伯爵を追い込んだ犯人は、フィアーレ公爵家だ」
「「……魔術精霊主義の筆頭貴族家ですね」
「ロイフォルト家はこの国において重要な立ち位置にあるが、彼の家の力は未だ強い。君たちは間もなく王立学園に入学するが……光と闇の魔力があることは隠し通しなさい」
「魔力を隠す?」
「そんな方法、聞いたことがありません」
双子が不思議そうに振り返ると、ラランテスは自信に満ちあふれた表情で彼らを見下ろしていた。
「先ほど、魔力を隠す魔道具に必要な材料が全て揃ったものでね」
ラランテスは、小さな太陽のように輝く光の魔石を手のひらにのせ、ニヤリと笑う。
「古い常識を消し去る。それが……魔道具の大いなる力だ」
「「……魔道具の、力」」
「それでは、達者でな」
ラランテスはそう言い残して、二人の前から去って行った。
――そしてその足でメリッサの元へ向かう。
「ラランテス先生」
メリッサは座ることもせずにソワソワと廊下で待っていた。
「待たせたな。話は終わったから、あとは二人から聞くといい。わからない部分は、ロイフォルト伯爵に聞きなさい」
「――ありがとうございました」
「礼を言われるほどのことはしていない」
ラランテスは優しげに微笑んだ。彼がこんな表情を浮かべるのは、本当に久しぶりのことだ。
「――申し訳ないが、今日付でこの家の家庭教師の役を降ろさせてもらいたい」
「そんな……どうして急に」
「実は新しい職場に誘われていてね。悩んでいたのだが、誘いを受けることに決めた」
「そうなのですか……そういうことでしたら、引き留めることは出来ませんね」
「――別れのあとには新たな出会いがあるだろうさ」
「……ラランテス先生」
「君は優秀な生徒だった。これからも応援している」
ラランテスは、それだけ言って屋敷をあとにした。
別れのあとには新たな出会い――その言葉通り、双子とメリッサが彼と再び出会うには、春の訪れと新たな日々を待つ必要があるのだった。
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