夫婦と新たな手紙 3
メリッサの朝は早い。
しかし、本日フェリオの朝はもっと早かったようだ。
メリッサが目を覚ますと、すでに隣にフェリオの姿はなかった。
「……目が覚めないはずないんだけど」
双子たちは、六歳になってからはそれぞれの部屋で寝ている。
しかしそれまでは、メリッサと一緒に寝ていた。
侍女たちは最初のうちは、メリッサが双子と一緒に寝ることに驚いていたが、そのうち率先して準備をしてくれるようになった。
カレント男爵家の屋敷は、貴族と言ってもそれほど広くないため、子どもたちはいつも一緒に寝ていた。寂しかったのはメリッサのほうなのかもしれない。
そんな中、双子が起き出せばメリッサも一緒に起きていた。
誰かが隣に寝ていて、その人が出掛けるまで気がつかないとは考えがたい。
「――まさか、魔法を使っているのかしら」
すぐに相手に気を遣ってしまうフェリオならあり得るとも思えた。
そのとき、メリッサは枕元に手紙が一通置かれていることに気がつく。
「……これは?」
封筒の封蝋は、杖に絡まったつる薔薇と水の意匠――ロイフォルト家の家紋だ。
メリッサは起き上がると、ペーパーナイフを取りに行き、震える手で封筒を開けた。
そこには二枚の便せんが入っていた。
「――フェリオ様って、手紙を書くのは苦手なのかしら」
手紙には定型的な感謝の言葉と、双子を養子にする手続きを陛下に願い出ると事務的な文面で綴られていた。ただし、最後には『愛している』とひと言だけ書かれている。
「……お会いできなかった三年間、もし最後の一文がない状態で届いたら、届かなかったときと心証は変わらなかったかもしれないわ」
むしろ、愛しているなどという言葉が添えられていたら『あまりにも義務的!?』と逆に疑ったかもしれない。
フェリオと一緒に過ごし、彼の少し不器用ながらも温かい人柄を理解した今なら一生懸命書いてくれたことがわかる。しかし、当時のメリッサが見たら義務的な手紙を前に『契約妻だから』と思ったことだろう。
「不器用な人ね……」
社交界での彼は誰よりも光り輝いているし、きっと戦場では誰よりも雄々しいのだろう。
しかし、家の中にいる彼は少しだけ頼りなくもある。
メリッサは手紙に軽く口づけをして、宝箱代わりの小箱にしまい込んだ。
毎日届く手紙のせいで、すぐに宝箱がいっぱいになってしまうなんて想像もしないで……。
* * *
いつものように着替えを済ませ、伸びを一つする。カーテンを開ければ、空はすでに白み始めていた。
家事を始めてしばらくすると、双子が元気に起きてきた。
「「おはようメリッサ!!」」
「ルード、リア、おはよう」
「「メリッサー、今日の朝ごはんなぁに?」」
料理長は自家製ベーコンをこんがり焼いて、目玉焼きを作ると言っていた。
ロイフォルト伯爵家の食事は、決して贅沢とは言えないが温かくて美味しいものばかりだ。
「目玉焼きとベーコンだったわ……でも、その前に話があるの」
「「なぁに?」」
双子はにっこりと笑ってメリッサを見上げた。
「私のこと……これからはメリッサではなくてお母さまと呼んでほしいの……」
「「……」」
双子はアイスブルーの瞳を大きく見開いた。
そして、しばらく黙り込んだ。
最近、二人は『お母さま』と呼んでくれることが増えてきたが、嫌だと言われたらどうしようかと、メリッサは落ち着かない気持ちで待つ。
「あの……嫌だったら……」
「「お母さま!!」」
二人は手を繋いで、ダンスを踊るようにクルクルと回り始めた。そしてお互いの手と手を合わせてパチンッと音を立てると再び走り寄り、メリッサを見上げた。
「「メリッサは」」
「僕たちの」
「私たちの」
「「お母さま!!」」
「ええ……ルード、リア……ありがとう」
二人はメリッサの体にしがみついてきた。
メリッサも膝と背中を曲げて二人を抱きしめる。
メリッサの視線の先、柱の陰から三人の侍女が白いハンカチを手に号泣している姿が見えた。
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