夫婦と新たな手紙 2
フェリオは分厚い封書を受け取って、一度立ち上がると大事そうに引き出しにしまい込んだ。
「では、あとで読ませてもらおう」
「はい、恥ずかしいのでお一人のときにしてくださいね」
「ああ、わかった」
フェリオは再び席に戻ると、琥珀色の酒を一息に煽った。
「それにしても、しゃべりすぎてしまったようだ」
「夫婦の会話とはそんなものですよ――きっと」
「そうか……そうなのかもしれないな」
フェリオが席を立ったので、メリッサも倣って立ち上がる。
二人はしばし見つめ合った。
「――改めて言おう。君を愛している、ずっとそばにいてくれないか」
「ええ、そばにいさせてください」
二人の距離は近づいた。
オレンジ色をしたランプの明かりが、部屋を照らしている。
ロイフォルト家はメリッサが来た日からいつも騒がしい……けれど、今は部屋の中にフェリオとメリッサの二人だけだ。
フェリオの顔が近づいてきたように思えて、メリッサは思わず目を瞑った。
唇にフワリと柔らかい感触。それは、角度を変えてもう一度。
遠慮がちな口づけは、結婚式でも交わされることがなかった、夫婦としての第一歩なのかもしれない。
けれど、メリッサの頬は熱くて、熱くてそれどころではない。
目を開いたはいいが、恥ずかしすぎて俯いてしまった。
「どうかそばにいてほしい、君を守り続け、君の願いは全て叶え、君が笑っていられるように尽くそう」
「では、私はあなたに生涯寄り添う家族に……」
そこまで言いかけて、メリッサは軽く目を見開いた。
浮かんだのは双子の『本当のお母さま』という言葉だった。
「本当の……家族に」
「……メリッサ?」
「早速ですが、一つだけお願いがあります」
「ああ、もちろん。いくらでも叶えよう」
「一つしか言いませんよ――ルードとリアを私たちの子どもとして育てたいのです」
「ルードとリアを?」
「はい……」
例え幼いころ死に別れてその思い出が朧気だとしても、ルードとリアが彼らを忘れる必要はないし、彼らこそが二人にとって本当の父と母だ。
しかし、この王国においては両親、特に母親の存在があまりにも大きいのだ。
初めてのお茶会、初めての夜会、もちろん親族の女性に頼むことも出来るが、一般的には母親が付き添い、成長を見守っていく。
今日の出来事でも、そのことを思い知らされた。
「私がこの家に嫁いできてから、ルードとリアの母方の生家からの連絡は一度もありませんでした。それに、ロイフォルト家の親戚たちは、連絡が来たかと思えばお金の無心ばかりでしたし……」
「ルードとリアの母親の生家は隣国の貴族家だ。兄さんは留学先で義姉さんと出会い、周囲からの反対を押し切って結婚したからな……。それにしても親族たちはやはり君に迷惑を掛けていたか……」
「執事長と侍女たちが対応してくれたので彼らはすぐに帰りましたし、そのあと連絡してくることはありませんでした。でも、義兄様夫婦の結婚にはそんな経緯があったのですね」
メリッサはルードとリアの母親が隣国の生まれということは知っていたが、そんな理由があったことは初めて聞いた。
そして、フェリオが信頼が置けると判断したメリッサを妻に迎えたのは、親族を黙らせる意味もあったのだ。メリッサもその辺りは薄々察してはいたからこそ、フェリオが戦場から戻れば離婚となると思っていたのだが……。
「私の実家、カレント男爵家は貧乏男爵家ですので、後ろ盾としては何の役にも立ちませんが」
「それは問題ないだろう。だが、君はそれでいいのか?」
「二人の成長を見守りたいのです……一番近くで」
フェリオは目を瞑り、しばらくの間思案していた。
そして、金色の目を開いて口の端を軽く歪めた。
「王立学園入学のため魔力測定式が行われれば、二人が複数属性を持ち、二人揃えば全属性を持つことを隠し通すことはできなくなる……二人の将来を考えれば王立学園に通わせないという選択肢はないからな」
「貴族は皆……王立学園の中等部までは通うことになっていますからね」
メリッサの生家、カレント男爵家ですら全員が中等部まで卒業している。
王立学園では誰もが平等とされ、王族と下級貴族が知り合いに、時に友人になることすらある。
メリッサの二番目の弟も、公爵家の令息に気に入られ現在は彼の秘書として働いている。
この国に生まれた貴族が王立学園に通うというのは、確定事項なのだ。
「二人の魔力が強く、合わせれば全属性ということが知れ渡れば、俺と同じ目に……そうでなくとも幼いうちから王家との縁を結ばされるかもしれない」
「――二人が自分で選べるようになるまでは、嫌です」
「君ならそう考えるだろうな……確かに、そうなったとき叔父と叔母では立場が弱い……か」
メリッサは考え込んでしまったフェリオをじっと見つめた。
もちろん、叔父であろうと父であろうと彼は双子を全力で守り抜くだろう。
「でも、そういうことではなくて」
「メリッサ……?」
「二人が私たちを父と母と呼んでくれるなら、その気持ちに応えたいのです」
「……」
メリッサの笑みは慈愛に満ちていた。
きっとその笑みは未来でも家族に向けられ続けるのだろうと、フェリオは無条件に信じることができた。
「フェリオ様?」
「……ありがとう、君の言うとおりにしよう。だが今夜はこの話は終わりだ」
「えっ……?」
「このあとは、俺のことだけ考えてくれないか」
この瞬間、フェリオが胸に抱いた『生涯、命を懸けて家族を守り通す』という強い決意は、口にされることはなかった。
そしてメリッサの愛を全て自分のものにしたいというあまりに重すぎる感情は、フェリオにとっても初めて経験するものだったため、同じく口にすることはできなかった。
だからフェリオは言葉の代わりにメリッサを抱き寄せ「愛している」と囁き、彼女の首筋に顔を寄せた。
* * *
たぶんこの夜、二人は本当の意味での夫婦になった……のかもしれない。
「めでたいですわね」
「ええ、お二人もようやく……」
「でも、それにしては奥様の動きが少々軽やかすぎませんか……?」
「「「むう……完全には判別しがたい」」」
――翌朝、三人の侍女は首をかしげてはいたが、メリッサが終始顔を赤くしていたことから二人の仲が進展したであろうことだけは察せられるのだった。
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