晴天の雨と季節外れの薔薇
夢のような時間が過ぎ、魔法が解ける。
けれど、メリッサのドレスは実物だし、水魔法で作られた靴も消えることはない。
フェリオは微笑んで、メリッサを見つめた。
その腕にそっと掴まってエスコートされながら、会場を後にする。
王城のエントランスホールから外に出ると、馬車が停まっていた。
「――さあ、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
「緊張している?」
「ええ、もちろん、緊張しています」
黒い馬車には金色の装飾――実に物々しい。
これからどこに向かうのかと、メリッサの緊張は高まった。
「大丈夫だ」
「フェリオ様……」
「君たちは俺が守る」
「そうですね、私も頑張ります」
メリッサは席に座ると背筋を伸ばした。
確かにメリッサは魔法が使えず非力だが、この場所で無様な姿を見せるわけにはいかないのだ。
気負っている様子のメリッサを見つめながら、フェリオは向かいの席に座る。
「――三年前、君に一目惚れをしたと言ったな」
馬車が動き出したとき、フェリオがポツリと口にした。
「今でも信じられません。私なんて田舎者で、あんなにきれいなドレスを着たのだって初めてで」
「……そうだな。王都の貴婦人たちとは何もかもが違った。今の君は誰よりも美しくて凜としているが」
フェリオはメリッサを見つめて、口の端を緩めた。
「君のことを思うたび俺は、今まで知らなかった幸せな気持ちになった」
「私……」
三年間、フェリオのことを誤解し続けていた。
ラランテスが半年に一回、戦場視察のために出向いた際、直接届けてくれた手紙に、最後の方は双子のことばかり書いていたことをメリッサは少々悔やんだ。
「交換日記しますか……?」
その提案は、あまりにも子どもっぽいように思えて、メリッサは口にしてからひどく後悔した。
だがフェリオは目を見開いたあとにっこりと微笑んで……。
しかし、フェリオからの返事が口にされることはなかった。
急に降り出した土砂降りの雨、そしてまだ晩秋ではないというのに、周囲の薔薇が一斉に咲き出した。
「何が起こったというのでしょう……!?」
窓から空を見上げれば、雲一つない秋の空が広がっていた。
しかし、空から雨は降り続けている。
「はあ……双子か」
「――ルードとリアが引き起こしているのですか」
つまり、薔薇を咲かせているのは土魔法が得意なルード。
雨を降らせているのは水魔法が得意なリア。
そういうことらしい……。
そうこうしている間に、馬車は王城から少し離れた場所に立つ荘厳な印象の建物の前に停まった。
フェリオは先に降りると魔法陣を展開した。
魔力の球体に包まれた彼の周囲だけは、雨が全く降っていない。
フェリオの魔法を展開する前に濡れてしまった手に、メリッサは手を重ね馬車から降り立つ。
突然の土砂降りにずぶ濡れになってしまった御者に、ルードとリアがすみませんの気持ちを込めてメリッサが会釈をする。御者は一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐににっこりと微笑んで会釈してくれた。
馬車が去って行く……。
雨はまだ降り続き、その中で美しい薔薇は咲き誇っている。
「早く二人の元へ行ったほうがいいだろう」
「ええ……!」
フェリオの魔法で雨を避けながら、二人は小走りに門をくぐるのだった。




