二人のダンスと三人の学友
フェリオは一度だけメリッサの手を強く握り、そして手放した。
彼が見せたのはあまりに優美な礼だ――そして王族を前にしたときのものだ。
メリッサもフェリオに続いて、家庭教師たちに習ったとおりに礼をする。
「――お久しぶりですね」
「……?」
老婦人が『久しぶり』と言った。
魔術師団長であるフェリオであれば、彼女と面識があるのだろう。
けれどメリッサは初対面だ。
「フェリオ・ロイフォルト、並びにロイフォルト夫人、頭を上げなさい」
言われるままにフェリオとメリッサは頭を上げた。
「あなたたちも頭を上げなさいよ」
「「「まあ、恐れ多いことでございます」」」
「――はあ、まったくあなたたちときたら心にもないことを」
フェリオとメリッサの背後から、侍女たち三人の声が聞こえる。
そう、彼女たちも宴に参加していたのだ。
老婦人がバサッと音を立てて扇を開いた。
年老いてはいるが、美しく高貴――というよりも威厳がある。
扇に描かれているのは虎、そして王座だ。
派手な扇ね……とメリッサは一瞬だけ思い、そのあとそれが国王を現す図柄であることに気がついて顔を青ざめさせた。
先日、ルードとリアが国王を表す紋章が描かれた金貨を見せて、さらには「お母さま」と呼んでメリッサを助けてくれた。
しかし、国王の紋章を使うことを許されるのは、王国でもごく一部の者だけだ。
「――王太后陛下にお会いできたこと、我が人生の誉れでございます」
「……王国の母である陛下にお会いできたこと、我が人生の誉れでございます」
フェリオの言葉からは、これっぽっちも嬉しそうな響きがない。
しかし、メリッサが屋敷での彼を知りすぎてしまったからそう思うのだろう。
誰一人、彼の声があまりに冷たいことを不審に思う人間はいないようだ。
メリッサも気を取り直して挨拶をする。
「……ふふん、あなたみたいにつまらない男が孫になるなんてお断り。でも……ロイフォルト夫人と一緒に踊っている姿を見れば、愛は重いタイプのようね」
「ええ、私が膝をつくのは王家と妻だけでございます」
「まあ! あなたが冗談を言うなんて、この宴に参加した甲斐があるというものね」
王太后は、これ見よがしに広げていた扇を閉じてにっこりと笑った。
そして先ほどから俯いている第八王女に視線を向けた。
「アンナーティア、わかったでしょう? 愛し合う二人を引き離すことなど出来はしないのよ」
「……お祖母様」
「ここでは王太后陛下と呼ぶように。まったく貴女ときたら――でも、ここでする話ではないわね」
「「「王太后陛下、例の部屋に」」」
「もう――あなたたちは本当に変わらないこと」
そう言いながらも、王太后はどこか楽しそうだ。
「そうね、案内しましょう。ただし、ロイフォルト夫妻は今宵の主賓……最後まで宴に参加なさい。……それに」
王太后の視線がメリッサの後ろに向かう。
「魔術の名家と名高いロイフォルト家の血を王家に取り入れる方法はまだまだあるわ。ねえ、ロイフォルト令息、そして令嬢」
「「王太后陛下、きょうえつしごくにぞんじます」」
ルードとリアが二人揃って歩み出て、完璧なまでの礼を披露した。
しかし二人の体はまだ小さいので、こんなにも完璧でありながら、子どもが背伸びしているようにも見えて大変可愛らしいのだった。
「さあ、あちらでお話ししましょう? 今日はひ孫たちも来ているのよ」
「「光栄でございます。それから先日は過分な品をたまわり感謝しております」」
「ふふ、いいのよ……。あなたたちのどちらかは王家に来るのだから。ロイフォルト夫妻が子宝に恵まれた暁には両方でも良いのよ?」
「「恐れ多いことでございます」」
こんなに王家から求められることなどあるだろうか。
しかし、ルードとリアは今をときめくロイフォルト伯爵家の人間だ。
そして公にはしていないが、二人合わせれば全属性の魔力を持つ。
――フェリオは隠そうとしていたが、王家であればすでに双子の魔力について知っていたとしてもおかしくはないだろう。
「あっ……」
一瞬止めかけたメリッサの手を、フェリオが握り引き寄せる。
メリッサの視線の先、王太后陛下と第八王女、双子……そして侍女たち三人が去って行く。
「二人は大丈夫だ。子どもたちだけの茶会に関する報告は受けていたが、子どもとは思えないほど完璧な立ち回りだった」
「――また、二人に守られてしまいました」
「……そうだな。だが、あの子たちは君にこの三年間守られてきた」
「そうでしょうか」
三歳からメリッサに育てられた二人は、屋敷では悪戯好きでやんちゃだ。
しかし外では、二人は何をしても完璧で『神童』と呼ばれていることをメリッサは聞き及んでいる。
美しく、賢く、上品でロイフォルト伯爵家の者らしいよそ行きの顔をすでに持つ。
しかし二人がどんなに優秀だろうと、まだまだ六歳だ。二人は大人が守るべきだとメリッサは思う。
「三人も一緒について行った。心配することはない」
「そうですね、三人がいれば……それにしても、彼女たちと王太后陛下とのご関係は一体……」
「マーサ、メアリー、ダリアの三人は王太后陛下のご学友だったらしい」
「まあ……そうだったのですね」
侍女たちの意外な交友関係……しかし、彼女たちに関することであればどんな事実が明らかになっても納得できそうだ――メリッサはそう思った。
「宴が終わるまで踊ろうか――二人きりで踊っていれば、話しかけてくる者もいないだろう」
「……そうですね。では、今度は魔法なしで踊っていただけますか?」
「……君にリードしてもらうことになるが」
「え?」
「物心ついてから、魔法を使わずに何かした経験がほとんどない」
メリッサは驚きのあまり何度も瞬きをした。
魔力を授けるのは精霊であると言われており、メリッサだけでなく魔力を全く持たない者も多い。
そして魔法を自在に操れるのは国民の一部だけだ。
しかしフェリオは、日常的に魔法を使って生きてきたという。
「ふふ、それならばフェリオ様はご自分に魔法をお使いになって」
「はは、恥をかかずにすみそうだ」
フェリオは朗らかに笑うと、少しだけ強引にメリッサの手を引いた。
「宴が終わるまであと少し……それまで付き合ってもらう。少々注目を浴びすぎた……」
「わかりました」
二人がお互いだけを見つめてダンスをするのは、互いに愛しているから……それだけではない。それでも幸せそうに笑うフェリオと穏やかにその表情を見つめるメリッサの姿は周囲に二人の夫婦仲が良好であることを強く印象づけた。
煌めくシャンデリアの光の下、メリッサのドレスは花開くように何度も広がり、ビーズがキラキラと金色に輝いた。
美しい王城で、二人きりの時間を邪魔する者は、誰一人いないのだった。
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