もう一度恋をする
「あなたたち……」
「「「実は私どもも王太后陛下より招待状をいただいているのです」」」
「では、いっしょにいられるのね。心強いわ!」
「「「ええ、二人きりの時間は誰にも邪魔はさせません」」」
「……二人きりの時間?」
彼女たちが口にした言葉は気になるものの、メリッサは、心が軽くなるのを感じた。
もちろん会場に着けばフェリオがいるだろうが、メリッサにはほとんど知り合いがいない。
しかも王城で執り行われる宴であれば、もちろん第八王女も参加しているだろう。
緊張しているメリッサに、マーサがしずしずと近寄り、恭しく何かを差し出した。
「さあ、こちらの靴に履き替えてくださいませ」
マーサが差し出したのは、まるで氷のような煌めく美しい靴だった。
「なんてきれいな靴……もしかして、ガラスでできているの?」
「ガラスのように見えますが水魔法で作り出したので、靴擦れの心配はございません」
「まあ……魔法で靴が作れるなんて、マーサはすごいわ」
早速履いてみると、靴のサイズはぴったり、しかも足が当たる部分は柔らかい。
これならいくらでも踊れそうだ……フェリオとのダンスを一瞬だけ想像してしまったメリッサは頬を赤らめる。
こうしてロイフォルト伯爵家の馬車に乗り込み、六人は王城へと向かったのだった。
* * *
先日、忘れ物を届けたときと同様に、馬車はほとんど調べられることもなく正門をくぐり、会場であるホールのすぐ近くに停車した。
見送るのかと思ったら馬車の御者をしていた執事長の手を借りて、メリッサは会場前に降り立った。
会場に入ると、そこはすでに人であふれていた。
しかし、不思議なことにメリッサはすぐにフェリオを見つけることができた。
魔術師団の正装姿のフェリオが目立つから
、と言う理由もあるだろうが、メリッサは彼がどこにいてもすぐに見つけられるような気がした。
黒髪に金色の瞳をしたフェリオは、会場の誰よりも格好よかった。
しかし、家にいるときとは違い、彼は冷たい印象で微笑みを浮かべていても嬉しそうには見えない。
近寄りがたい孤高の黒い狼――王都で語られるままの魔術師団長フェリオ・ロイフォルトがそこにはいた。
しかし、彼の表情はこちらを振り返った瞬間崩れた。
見開かれた目が、真っ直ぐにメリッサを見つめる。
その姿を目にした人々は彼のあまりの表情の変化に、美貌の魔術師団長が美しい貴婦人に恋に落ちた瞬間を目の当たりにしたように思った。
――こんなにたくさん人がいるのに、まるでフェリオと二人だけになってしまったようだ、とメリッサは感じた。
カツカツと急いたような足音が近づいてくる。
フェリオの視線は、一瞬たりともメリッサから離れることがない。
「――なぜ君がここに」
「ディグムート様から聞きました。ルードとリア、そして私も陛下から招待を受けていたと」
「……危険だ」
「フェリオ様」
メリッサはフェリオの腕にすがりつくようにして、周囲に聞こえないように囁いた。
「危険な場所なのかもしれません。皆さんから聞いたこの場所は貴族にとって戦いの場ですもの」
「それがわかっているなら今からでも……」
「ダメですよ。フェリオ様はいつだって最前線で戦ってきました。私には魔力がありませんし、魔獣との戦いではお役に立つことができません――でも」
メリッサの瞳は強い意志を秘めていた。
「ここでなら、私も戦うことができるのです。あなたを一人で立たせたりしない」
「――メリッサ」
フェリオはいつだって、双子とメリッサを守ろうとしている。
ほんの少し前までは疑っていたのに、今は彼のことを疑おうなどとは一欠片も思えない。
「もちろん不慣れで逆に迷惑を掛けてしまう可能性が高いのですが……」
メリッサは先ほどまでの威勢が嘘のように俯いてしまった。
心からフェリオを支え、助けになりたいと思っている。
しかし、メリッサは社交界に参加したことがほとんどないのだ。
名を呼んだきりフェリオは黙り込み、メリッサの淡い茶色の髪をじっと見つめていた。
白い手袋をつけた手が差し出され、彼女の髪を一房持ち上げた。
まるで忠誠を捧げるかのように、フェリオの唇がそっと髪の先に触れる。
「君がいてくれると心強い」
「フェリオ様……」
「――君の努力は皆から伝え聞いている。隠して守ろうとばかり考えていたが、君はこの場所でも輝くことだろう」
「皆って……?」
「はは、ラランテスも、ディグムート卿も、あの三人に執事長まで君に夢中だ」
「夢中だなんて言い過ぎです」
フェリオはその言葉には応えずに、代わりに彼女に手を差し出した。
差し出された手にメリッサが手を重ねると、流れるように引き寄せられる。
腕に手を回し、エスコートされる。
たったそれだけの動作なのにあまりに優雅な二人の所作に、会場の視線は釘付けとなった。
それらの視線からメリッサを隠すよう向きを変えてから、フェリオが彼女の耳元でそっと囁く。
「美しいよ」
「お世辞でも嬉しいです」
「世辞などではない――実は結婚式の日、ベールを上げた瞬間、君に一目惚れしたんだ」
「――え!?」
「今日、もう一度君に恋をした」
「!?!?!?」
それだけ言うと、フェリオはあまりに甘く微笑んだ。
入り口近くで会場に背を向けていたから、ほとんどの人はその笑みを見ることはなかった。
そうでなければ、あまりの麗しさに会場は騒然としたことだろう。
――こうして、メリッサの緊張はフェリオの言葉にすっかり吹き飛んでしまった。
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