社交界と侍女たちの活躍 2
そして、ルードとリアが寝静まった夜。
再び夜会の作法について復習しようとしていたメリッサの前に彼女たちは現れた。
「お帰りなさい。あなたたちばかりにお任せしてごめんなさいね……」
「「「うちの奥様が大陸一お優しい!!」」」
「まあ、あなたたちったら」
恐らく緊張を和らげようとしてくれているのだとメリッサは解釈したが、三人にとってこれは本心なのである。
メリッサは男爵家の生まれだと言うことを差し引いても偉ぶることなどなく、双子を自らかいがいしくお世話し、侍女たちが腰を痛めれば心から心配してくれた――三人は心優しく、しかも努力家で、どこか放っておくことができない女主人に生涯仕えようと心に決めているのだ。
「さて、それはさておき、こちらにおいでいただけますでしょうか」
「……どうしたの、そんな深刻な顔をして」
マーサが真面目な顔をして、メリッサに夫婦の部屋の扉から出るように促した。
「もちろん、最近は毎日お世話させていただいておりますが……」
「え、まさか、まさか……」
メアリーまで真剣な表情を浮かべている。メリッサはちょっとだけ嫌な予感がした。
「最高級の入浴剤、最高級の石けん、最高級のオイル……全ては我らが奥様のために」
「いつも最高級のものを使わせていただいて恐縮しているというのに」
バスルームはかぐわしい香りであふれていた。
バスタブには南国の花が浮かんでいる。お湯の色はローズピンクだった。
まるで別世界に来たようだ……とメリッサは思った。
「「「さて、お覚悟を!!」」」
「――え、もしやいつものお風呂と違うのかしら!?」
最近ようやくバスルームでお世話されることに慣れてきたメリッサだが、今日の侍女たちの気合いはいつもとは違っていた。
メリッサは磨き上げられたあと、美容に良いというツボをがっつり押され涙目になるのだった。
* * *
「――よく眠れたわ。ツボ押し? というもののおかげかしら……」
朝早くメリッサは目覚めた。今日は子ども部屋で就寝したルードとリアはまだ起きていないようだ。
二人にはまだお城の宴に参加するということは伝えていない。
もし昨晩伝えたら、興奮しすぎてきっと眠れぬ夜を過ごすことになっただろうことは想像に難くない。
「……でも、本当に準備できているのかしら」
王城に招かれたときには、そのときの季節、祝いの内容、家紋を取り入れるなど細々した決まり事がある。
ちなみにロイフォルト伯爵家の紋章は杖とそれに絡まるつる薔薇と水だ。
杖はロイフォルト家が多くの魔術師を輩出してきたことと関係があるのだろう。
そして、ルードは土魔法でつる薔薇を生み出すし、リアは水魔法が得意だ。もしかすると代々、土と水魔法を得意としてきたのかもしれない。
――部屋の扉を開けると、侍女たち三人が恭しく控えていた。
「あなたたち、ちゃんと眠った?」
「「「私どもの心配は無用」」」
「でも、すぐ腰を痛め……きゃあぁ!?」
侍女たちは普段の動きが嘘のように機敏だ。時々見せるその素早さ――どれが本当の彼女たちなのか、とメリッサは一瞬疑問に思ったが、そのあとはそれどころではなくなった。
「本日は坊ちゃんとお嬢様のお支度もあります故、奥様の準備の時間が早いのはお許しくださいね」
「こんなに……締めるもの?」
クローゼットルームに連れていかれたメリッサは三人にコルセットをぎっちりと締められた。
果たして宴まで持つだろうか……とメリッサは密かに思う。
「……淑女にとって致し方ないこととはいえ、ちょっとお気の毒ですわね」
そんなメリッサの様子に気の毒そうな顔をしたメアリーが、クルクルと指先で魔法陣を描く。
ふっと息が楽になったように思えて、コルセットの締め付けが楽になる。
「これは……」
「風魔法でございますよ」
「こんなことができるのね……ありがとう、メアリー」
「お安い御用でございます」
しかし、魔法をここまで繊細に使いこなすなんて只者ではない。
メリッサ自身は魔法を使うことができないが、上級魔法学まで学べばその難しさは理解できる。
「こういうとき水魔法は役に立ちませんわね……」
「良いではないですか、斧よりは役に立ちますわ」
マーサとダリアがポツリと呟いた。
マーサが水魔法を得意とするのは洗濯のときに見ていたから知っているが、ダリアの口から一瞬『斧』と聞こえた気がしたが……。
メリッサがチラリと視線を向けると、ダリアはいつものように優しくて大人しそうな笑顔を向けてきた。しかし彼女が一番好奇心旺盛で最も思い切りが良い人であることをメリッサはもう知っている。
「まさか、ベッド……」
「「「さあ! ドレスでございますよ~」」」
一瞬だけ浮かんだ思考を遮るように、侍女たちが紺色につる薔薇と水、そして杖が可愛らしい意匠として裾に刺繍されたドレスを持ってきた。
紺色の布地は薄く軽やかで、フェリオの金色の瞳のようなビーズで煌めいている。黒でこそないが、濃い紺色と金色は誰が見てもフェリオの色合いをイメージしている。
「私がこのドレスを……?」
「「「奥様ほどこのドレスを美しく着こなす貴婦人はおられません」
ウエストには金色の飾り紐、そこにはメリッサの緑がかった青い瞳と同じ色の宝石が揺れている。
露出は控えめだが、袖部分からはチラリと素肌が覗くデザインだ。
そのドレスのあまりの美しさをメリッサはしばし呆然と見つめた。
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