護衛の学者 4
翌朝、メリッサはルードとリアに挟まれて目を覚ました。
ベッドは大きいのだが、密着してくるものだから寝返りできなかった。
二人はクゥクゥと可愛らしい寝息を立てている。
メリッサは二人を起こさないようにそっと起き上がった。
カーテンをそっと開けてみる、空はまだ白み始めたばかりだ。
着替えを済ませて階段を降りていくと、エントランスホールではラランテスがロングコートを羽織るところだった。
「おや、ずいぶん早く起きるのだな」
「ラランテス先生も――魔術師団というのは、こんなに朝早く仕事に行かなければいけないほどお忙しいのですね」
「……いや、とくに魔術師団長殿がお忙しいだけだ」
魔術師団長とは、もちろんフェリオのことだ。
メリッサの想像通り、フェリオは忙しいらしい。
「でも、ラランテス先生もこんなに早くお戻りになるなんて……お忙しい中ありがとうございました」
「私が早く帰るのは次の護衛と行き会いたくないからだ。それに今回は貴重な光属性の魔石を貰ってしまったから、その分くらいは働くさ」
魔石自体がとても高価な物なのに、光と闇の属性の魔石なんて見たことも聞いたこともない。
そんなものを簡単に差し出してしまうフェリオのことが少々心配になる。
「まあ、君たちのことは魔石など貰わなくても守るつもりだが――というのは、余計なひと言だったようだな。こちらを睨んでいる」
「え……?」
ラランテスがあきれたように笑って、メリッサの背後に視線を送った。
誰かいるのかとメリッサも振り返ったが、そこには誰もいなかった。
「誰もいませんよ」
「ああ、そうだな。見なかったことにしよう」
ラランテスは今日も優雅に礼をした。
いつ見ても彼の立ち居振る舞いは美しい。もしかすると、エールティティア国では高貴な生まれだったのかもしれない。
そのとき、扉が開いて朝の光が差し込んだ。
しかし、その光はすぐになにか大きなものに遮られて、ラランテスに影を落とした。
「――く、これでも遅かったか」
ラランテスは上体を起こすと、ため息交じりにそう口にした。
「ラランテス殿、久しぶりだな!」
「――ええ、ディグムート卿、お久しぶりですね」
「ディグムート様!?」
メリッサは慌てて礼をした。
逆光で未だその姿は輪郭しか見えないが、ディグムートはこの国ティアレイア王国の栄えある騎士団長だ。もちろん三年間の魔獣との戦いでも、魔法が使えないながらも大活躍し、フェリオと共に英雄として凱旋した。
「――ご挨拶が遅れたことをお詫び申し上げます。バーセス・ディグムートと申します」
「こちらこそ失礼致しました。メリッサ・ロイフォルトですわ」
「ロイフォルト夫人、本日から二日間護衛を務めさせていただきます」
まさか騎士団長が護衛に付くなんて、とメリッサは驚きのあまり目を丸くした。
ディグムートが移動すると、ようやくその姿がはっきりと見えるようになる。
彼は焦げ茶色の髪と瞳をした美丈夫だ。
フェリオの背も高いのだが、ディグムートは鍛え上げられた体躯もあり、熊のように大きい。
そして、フェリオの美貌とは違うけれど、彼もまた凜々しくとても格好いい人だ。
「それにしても、ラランテス殿はお元気そうで何よりだ」
「君ほど元気じゃない……」
「そんなに嫌がらなくても。もう幼いころのように『魔法を使えるように修行させてくれ』などと言わないから」
「それはそうだろう……魔力が全くない人間はいくら修行しても魔法は使えないんだ」
「納得いくまで修行させてくれた恩は忘れない」
「――巻き込まれた私は災難だったよ」
ラランテスはため息をついているが、ディグムートはその肩に気安く腕を回している。
基本的に人付き合いが悪いラランテスとの距離がここまで近い人をメリッサは初めて見た。
「とりあえず、私は研究室に帰るよ。彼は少々騒がしいが、剣の腕は一流だ。護衛として彼以上に心強い人間はいないだろう」
「ラランテス先生、ありがとうございました」
ラランテスはメリッサに微笑みかけ、次いで眉根を軽く寄せてディグムートに向き合った。
「――ああ、言いそびれた。君が生きて帰ってきたことを嬉しく思うよ」
「師匠!!」
「その呼び名はやめてくれ!!」
ラランテスは疲れ切ったように帰って行った。
ディグムートはフェリオと同じで二十代半ばだったはずだ。
この三年間、目覚ましい活躍により騎士団長に叙勲されたのだ。
「それでは、よろしくお願いいたします。夫人」
「よろしくお願いいたします。ディグムート様」
ディグムートの礼は、騎士らしく凜々しく爽やかだ。
ディグムートに憧れている双子は、さぞや喜ぶだろう――メリッサは嵐のような二日間の幕開けを予想し、もちろんそれは現実になるのだった。
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