護衛の学者 3
侍女三人は腰の調子がいまいちだというので早めに休んでもらっている。
たぶん、ルードとリアの手紙を陛下に届けるために無茶をしたからだろう……メリッサはそう予想した。
そしてあながちその予想は外れていないように思えるのだった。
「――フェリオ様」
「おや、ずいぶんと恋しそうに呼ぶものだ」
「……っ、ラランテス先生!?」
机で一人紅茶を飲みながら、領地に関する書類を眺めていたメリッサにふいに声が掛けられる。
顔を上げると、シャツとトラウザーズにジャケットという出で立ちになったラランテスがメリッサを見下ろしていた。
普段ラランテスは、王立魔術師団の制服を着ていることが多いため、私服姿は新鮮に思える。
珍しくモノクルを外しているが、大人の色気で目のやり場に困りそうだ。
メリッサは立ち上がると、軽く礼をした。
「このたびは、護衛を引き受けてくださってありがとうございます」
「……君は気づいていないのか」
「え……?」
「ルード君とリア君の家庭教師を引き受けたのだって、本来は護衛任務だ」
メリッサは、まさかラランテスが護衛のために来ていたなんて考えたこともなかった。
しかし、ラランテスがこのお屋敷に来るようになったのは、フェリオが出征してからのことだ。
確かに家庭教師というにしては最初のうちは何も教えるつもりがないように見えた。途中からは本腰を入れて教えてくれたけれど……。
「そうだったのですね。もちろん、フェリオ様に頼まれたからですよね」
「そうさ、君たちを守ってほしいと頭を下げられた上に、喉から手が出るほど欲しかった最上級の闇の魔石なんて差し出してくるものだからつい……ね」
ロイフォルト伯爵家から結婚の申し込みがあってすぐに執り行われた結婚式。
会話らしい会話すらせず、彼は戦場に向かってしまった。
メリッサが知っているのは、花嫁のベールがどけられたとき、なぜか軽く目を見開いて彼女を見つめたフェリオの美貌と彼女を突き放すような言葉――ただ、それだけだった。
「どうして今になって事実を教えてくださったのですか?」
「ロイフォルト伯爵が帰ってくる前に私が護衛だって聞いたら、君は監視されていると勘違いしただろう」
「――そうかも、しれませんね」
手紙の件で誤解もあり、フェリオは冷たい人だと思っていた。
それに第八王女から『別れてほしい』なんて手紙まで来たから、完全に彼のことを誤解していた。
フェリオがとても優しい人だと知った今だからこそ、護衛をつけていたなんて彼らしい、と思うのだろう。
「けれど、護衛任務もできるなんて、ラランテス先生はお強かったのですね」
「私はこの通り単なる学者だよ」
「そうなのですか? それなら、なぜ護衛に?」
「強いのは私ではなく、私が発明した魔道具さ」
ラランテスは悪戯っぽく笑って、胸元から取り出した金色の懐中時計のチェーンを摘まんで揺らした。
「例えば、ただの時計に見えるこれだって魔道具だ」
「まあ……」
メリッサは懐中時計を真剣に観察した。しかし、どこをどう見てもただの懐中時計にしか見えない。
「君に預けておくとしよう」
「そんなに貴重なものをどうして私に」
「……君は私にとって大切な『生徒』だからな」
「……ありがとうございます」
口元をつり上げて微笑んだラランテス。
その笑みは少し寂しそうでもあった。
メリッサは懐中時計をじっと見つめた。そこに描かれていたのは、百合とオリーブの紋章だ。
「この紋章はエールティティア国のものですね」
ラランテスという名は、この国では一般的ではない。そして、東の国々の発音に良く似ている。
「ああ、君は本当に勤勉で好感が持てるが……察しが良すぎて困るな」
「――エールティティア国のご出身なのですね」
東の小さなその国は、三十年前の戦いでこの国の属国になった。
それはメリッサが生まれる前の出来事だ。ラランテスはその頃、今のメリッサと同じくらいの年だっただろう。
「そうだ。私はそのときに祖国から離れ、魔道具研究の才能を認められて魔術師団所属になった」
「――故郷に帰りたいとは」
「故郷にはもう誰もいない。だから、帰りたいとは思わないな」
「そうなのですか……」
メリッサの知っているラランテスは、ルードとリアにも懐かれ、案外面倒見が良い。
しかし、彼の生きてきた人生もまた、平坦なものではなかったのかもしれない。
「人と関わるなど面倒だとしか思っていなかったのに。……本当に年は取りたくないものだ」
ラランテスが手にしていた紙を拡げた。
そこに何が書いてあるのか、メリッサは知っている。
手紙を書くことに楽しさを覚えたルードとリアは、もちろんラランテスにも送ったのだ。
「可愛らしいことだ」
「本当に二人は可愛らしいですよね」
「……私くらいの年になると、君も十分可愛らしいがね」
見上げるとラランテスは、ニヤリと口の端をつり上げた。
「さて、彼女たちがドアの隙間からこちらに殺意を向けている」
「え? 彼女たち? 殺意?」
「彼女たちがいればこの屋敷は安全だろうに……私まで護衛につけるとは、ロイフォルト伯爵も心配性だな」
ラランテスはあきれたような表情を浮かべてから、あまりに優雅に礼をした。
「夫人、今夜はお借りした部屋で休んでおります。何かございましたら、そちらの懐中時計のリューズを逆に回してください。それでは良い夢を」
「おやすみなさい、ラランテス先生」
ラランテスは優雅に去って行った。
再び部屋に取り残されたメリッサだが、ラランテスが部屋から出るとき、扉の向こうに侍女たちの姿がチラリと見えた気がした。
つまり、ラランテスの言う彼女たち、とは三人の侍女たちのことなのであろう。腰の調子は大丈夫なのか、心配でもある。
「三人についての謎は深まるばかりだわ……」
メリッサは三人の秘密についていろいろ予想してみるものの、結局どれもしっくりとこないのだった。
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