護衛の学者 2
最近、ラランテスの授業は実践的になりつつある。
「しかし、六歳のルード君とリア君、そして魔法学を学んで三年のメリッサ君――君たち三人が中級魔法学を理解しているというのは実に驚かされる」
「ラランテス先生の教え方が上手いからですよ」
「生まれてこの方、教え方が上手いと言われたことはないのだが……」
そんなことを言いながら、研究室の棚からラランテスは遮光瓶を取り出す。
そして、そこから淡い緑色に光る鉱物をピンセットでつまみ上げた。
「この鉱石に含まれる魔力は?」
「風の魔力!!」
手を上げて元気に答えたのはルードだ。
「ふむ、ではこちらの溶液に含まれる魔力は?」
「土の魔力!!」
リアも手を上げて元気に答えた。何の変哲もない水に見えるそれには、土の魔力が含まれているらしい。
しかしメリッサには、魔力を感じることはできない。
もちろん可視化できるほど強い魔力にあてられれば少しはわかるのだが……。
「では、メリッサ君。この鉱石を水に入れるとどうなるかね?」
「風と土の魔力を含んでいるのであれば、混ざることなく鉱石は溶液の底に沈むでしょう」
「なるほど、ここまでが中級魔法学の基礎部分だな」
光と闇を除いた四つの属性魔法は、それぞれが深く関係しているが混ぜるには特別な術式が必要だ。
中でも水と火、風と土の魔力は反発し合うので混ぜることはできないと言われている。
ラランテスはピンセットを開いて鉱石を溶液に落とした。
すると鉱石は水面で一度だけ跳ねて眩いほどの淡い緑の光を放ったあと、キラキラと輝きながら底に沈んだ。
「メリッサ君、正解だ」
「――跳ねるとは予想できませんでした」
「そうか――では、もっと上から」
ラランテスは椅子の上に立ち、鉱石を上から落とした。
器用にも鉱石は溶液に一直線に落ちて、ガチャンッとガラスを割るような音を立てたあと粉々になって溶液の中に散らばった。
「「わああ!!」」
溶液の中に細かくなった鉱石が混ざり込み、キラキラ蛍が飛び回るように輝いている。
ルードとリアは夢中になって、ビーカーを覗き込んだ。
「……もっともっと高いところから落としたなら、二つは完全に混ざるという仮説が立つ。だが、ビーカーも割れるだろうし、爆発するなど危険なことが起こるかもしれない」
今まで学んできたのは、あくまで魔法同士の反応だけだったのだ。
「魔法には、物理的なエネルギーも作用するのですね」
メリッサがそう言うと、ラランテスは楽しそうに目尻のしわを深めた。
「そうだ。だから魔法で人の体を治すことができるし、物を破壊することもできる。魔法とは精霊から与えられた人の理解できない領域ではなく、解明できるものなのだ」
「……でも、それは魔術精霊主義者が唱える魔法は精霊が人に与えたもので不可侵であるという考え方には反しますね」
この国では魔術精霊主義者が長年にわたり力を持ってきた。
魔術を利用して生活を発展させるべきというフェリオやラランテスの考え方は、魔術精霊主義者に言わせれば、『精霊への冒涜』なのである。
「私の生まれた国では、もはや学会の主流だがな……」
「ラランテス先生の生まれた国?」
「――少々話が脇道にそれてしまったようだな。つまりこのように魔法と他のエネルギーを交えて考えることが上級魔法学のテーマの一つでもある」
ルードとリアは、まだまだ溶液に夢中だ。
二人は肩を寄せ合って溶液を覗き、何か話し合っている。
「さて、このあとどうなると思う?」
「ラランテス先生、お願いします」
「承知した」
ラランテスの返答とほぼ同時に、リアが風魔法、ルードが火魔法の魔法陣を小さく描いた。
魔法陣は小さな旋風と小さな炎を生み出して溶液の中をグルグルかきまわした。
溶液がビーカーの中で沸騰したように泡立ったあと、竜巻のようにグルグル回り飛び出してきた。
「「わああっ!?」」
「二人とも、下がりなさいっ!!」
二人に降りかかった溶液は、ラランテスが自身のブレスレットを引き千切り作り出した魔法壁に阻まれ、バシャリと広がり床を濡らした。
床からは湯気が立っている。
浴びてしまったらやけどだけではすまなかったかもしれない。
「今までのように魔法だけを混ぜたときとは違う反応をするため、安易に仮説を確かめようとしてはならない」
「「ごめんなさい」」
「今までと違い、上級魔法学の実験には危険が伴う。必ず私に確認してから行いなさい」
「「わかりました」」
「さて、君たちは今日一日、魔法の使用を禁止する」
「「えー!?」」
「魔力を使わずに過ごすことで、今後必要となる魔力の繊細な操作が掴めるだろう」
二人はラランテスの言葉にアイスブルーの瞳を見開いた。
「じゃあ手が汚れたらどうするの?」
「洗面所で洗えば良いわ」
二人は今まで、リアが魔法で出した水で手を洗っていたようだ。
「夜お手洗いに行くときの明かりは?」
「ランプが置いてあるでしょう」
トイレに行くときには、ルードの明かりを使っていたらしい。
「「魔法がないと不便だね〜」」
二人はがっくりと肩を落としている。
メリッサは、魔法が使えないことが当たり前なので、不便に思ったことがない。
しかし二人は物心ついたときから魔法に慣れ親しみ、日常的に使っていたのだ。
このあと二人は、妙に大人しくしおらしく過ごしていた。
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