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護衛の学者 1


 まだ外は真っ暗だ。メリッサが目覚めるとすでにフェリオの姿はなかった。

 けれど、誰もいなくなった広いベッドの余白はまだ温かい。


 慌てて起き上がって、昨日の部屋着のドレス姿のまま階段を駆け下りる。


「フェリオ様」

「――まだ日も昇っていない。もっとゆっくりしていればいいものを」

「いいえ! 申し訳ありませんでした。お見送りさせてくださいませ」


 弾んだ息を整え、メリッサはフェリオの前に立った。

 見上げればフェリオはすでに完璧に身支度を調えている。

 対するメリッサは寝起き姿で申し訳ない限りだ。


「――明日はちゃんとしますから」

「そのことだが……おそらくまた三日ほど帰れないと思う」

「そうなのですか」


 どうしてこんなに残念に思っているのだろう。

 メリッサがシュンとした姿を見て何を思ったのか、フェリオは少し口の端を緩め、跳ねてしまったメリッサの毛を撫でて直した。


「魔術精霊主義の貴族たちの動きが活発になっているようだ……ルードとリアのこともある。護衛を頼んであるから、不用意に屋敷の外に出ないように」

「かしこまりました。……でも、護衛って?」

「今日来るのは君もよく知っている人だ……明日は……おや、もうこんな時間か、急がなければ」


 フェリオはロングコートの内ポケットから懐中時計を取り出し、それを見ると眉根を寄せた。


「いってらっしゃいませ」

「ああ、いってくる」


 フェリオは今日もメリッサの額に軽く口づけした。

 普段の彼は黒い髪に金色の瞳という色合いも相まって厳しい印象だが、笑うとまるで少年のように可愛らしい。


 フェリオの後ろ姿を見送って、家事をしようかとメリッサは振り返った。


「ひっ!?」


 まだ薄暗いエントランスホール。

 そこには、オレンジ色の灯りが揺らめき、まるで亡霊のように三つの顔が光に照らされていた。

 しかし、よくよく見ればそれは年老いた三人の侍女――マーサ、メアリー、ダリアなのだった。


「……はあ、驚いた。あなたたちだったのね?」

「「「おはようございます、奥様」」」

「ええ、おはよう。あのあと、ルードとリアはよく寝た?」


 メリッサが微笑むと、三人の侍女が近づいてくる。

 先ほどは顔の下から灯りに照らされていたせいで少々恐ろしい表情に見えたのだろう。

 朝の光が差し込み始めれば、やはり三人は上品な笑みを浮かべている。


「ええ、お二人ともぐっすり眠っておられました」

「それは良かったわ」

「奥様もよく眠られましたか?」

「ええ、ぐっすり」

「ぐっすり――眠ってしまわれたのですね」

「え?」


 寝てはいけなかったのだろうか。

 初めて飲んだ少量のお酒は、フワフワと気持ちよかったけれどいつも以上に眠くなってしまった。

 それにフェリオの隣は暖かくてわずかに香木のような甘くて落ち着く香りがして心安らいだ。


 そこまで回想して、昨日はフェリオに抱きついて眠ってしまったかもしれないとふと思い出し、メリッサは赤面した。


「おや」

「まあまあ」

「なんの進展もないわけでもなかったのですね」


 三人の侍女はこそこそと内緒話を始めた。

 メリッサはいつものことかと、エントランスホールの階段に視線を向ける。


 そこにはルードとリアがいた。

 二人は手すりに体を預けると、シュルシュルッと滑り降りてきた。


「あなたたち! 危ないからダメだって言っているのに!」

「「はーい!!」」


 そう言いながらも二人は華麗に着地した。

 今日もメリッサの賑やかで楽しい一日が始まる。


   * * *


 そして、朝ご飯を終えた頃、フェリオが言っていた護衛は現れた。


 護衛は、淡い紫色の髪に銀色の瞳、モノクルをつけた紳士だった。

 もちろん、メリッサは彼とは顔なじみだ。


「まあ、ラランテス先生が護衛をしてくださるのですか?」

「ああ、特定の誰かを護衛するなど全くもって私らしくないが、成り行き上、君たちの護衛を務めることになった」

「ラランテス先生らしくない……?」


 確かにラランテスは自由な人だ。

 家庭教師をしているときには、いつだって分厚い魔導書を読んでいて、ルードとリアが質問すればわかりやすく丁寧に答えてくれるけれど、自分から何かを教えることもない。


 マーサは「家庭教師なのにそれでいいのですか」と怒っていたけれど、質問すればそれはそれで楽しそうに面倒くさがることもなく説明してくれていた。


 メリッサは勉強に加わるようになり、わからないながらも自分で調べ、自分なりの仮説を述べて質問した。それに対してラランテスは参考文献や実物まで提示して説明してくれる。

 二人のやり取りを見ていたルードとリアまで彼を質問攻めにするようになったため、ここ一年は魔導書を読む間もないようだ。


 ラランテスは自由だけれど、面倒見が良い人、それがメリッサの認識なのだ。


「一緒に過ごせてとても嬉しいですわ」

「――君、それ絶対ロイフォルト伯爵の前で言っちゃダメだからね?」


 メリッサは首をかしげたが、三人の侍女とルードとリアまで頷いているところを見ると、本当に言ってはいけないことらしい。


「大変光栄ですわ?」

「それならギリギリ大丈夫か……」


 こうして護衛という名の一日授業が始まった。

 それは三人にとってとても楽しい時間なのだった。



 

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