双子からの手紙 5
応接間には落ち着いたオレンジ色の明かりが灯されていた。
フェリオはメリッサをソファーに座らせると、棚からグラスと琥珀色の液体が入った瓶を取り出した。
「少し飲むか」
「はい」
緊張を紛らわせるなら、ほんの少しお酒の力を借りるのも良いだろう。
「普段酒は飲むのか?」
「初めてです」
「……少し待っていてくれ」
フェリオは席を立ち、部屋から出ていった。
そしてしばらくするとオレンジジュースが入ったピッチャーとアイスペールを持って戻ってきた。
「こちらの酒でいいか?」
「はい」
フェリオはメリッサに確認すると紫色のお酒が入った瓶を取り出して、ほんの少しグラスに入れ、その上からオレンジジュースをゆっくり注いだ。
お酒は分離して、グラスの下部で紫色のまま沈んでいる。メリッサは綺麗なのにちょっともったいないな、と思いつつマドラーで混ぜた。
「酒が体に合わない者も多いからな」
「そういうものですか」
「そうだ。だから、外で飲む前に飲めるか確認しておくように」
「わかりました」
フェリオが琥珀色のお酒を口にするのを見て、メリッサもお酒を恐る恐る飲んでみた。
甘くて良い香りがして美味しかった。
「勢い良く飲むなよ?」
「はい」
フェリオは心配そうにメリッサを見ている。その視線は妻を心配する夫というより、家族みたいだとメリッサは思う。
「……それで、話とは」
「……どこから話したものか」
フェリオは琥珀色の液体がユラユラ揺れる様を物憂げに見つめる。ややあって口を開いた。
「手紙の件で第八王女殿下は、利用されていたようだ」
「第八王女殿下が、ですか?」
メリッサに対し、フェリオと別れるように手紙を送ってきたり、魔術師団本部に入るのを阻もうとしてきた第八王女。
彼女は恐らくフェリオが好きなのだ。そう思ったとき、メリッサは今まで感じたことのない嫌な気持ちになった。
「まだ幼い殿下を利用するとは、許しがたいな」
「幼い?」
第八王女は、現国王の末の姫だ。
そういえば、メリッサは彼女の年を知らなかった。
「ああ、年齢を知らなかったのか。まだ、御年十五歳でいらっしゃる」
「十五歳!?」
第八王女はメリッサよりも背が高く化粧をして大人びていた。だからてっきり同い年くらいだと思っていたのだ。
「末の妹と同い年だったのですか……」
しかしそうであれば、少し幼く感じたメリッサへの言動も理解できる気がした。
メリッサの実家であるカレント男爵家にいる末の妹シーナは王立学園を卒業したがまだ十五歳、幼いものだ。
「第八王女殿下の護衛を一時期務めていたことがあって……十歳だった殿下に結婚を申し込まれたこともあったが」
「……」
メリッサはやはりむっとした。
しかし彼女がこんな気持ちになるのは初めてのことだ。
知らない気持ちに戸惑いながらむくれていると、フェリオがふと口元を緩めた。
「君だけだ」
「え?」
「君以外に……考えられない」
メリッサの淡い茶色の髪を手の平に載せ、軽く口づけしたフェリオが上目遣いに見てくる。
頬が砂漠の太陽に照らされたように熱いのは、初めて飲んだお酒のせいなのだろうか。
「話を戻そう、第八王女殿下を利用したのは恐らく――魔術精霊主義者だろう」
「魔術精霊主義者?」
メリッサはこの屋敷に来てからたくさん学んだ。その中には、王国の魔術師の派閥についてもあった。
フェリオやラランテスは、魔法を人のため、さらなる王国の発展のために利用するべきだとする魔力革新派に属する。
しかし、王国の魔術師たちの一部には、魔法は精霊から与えられた神聖なものであり、選ばれし者のためだけに使うという思想を持つ者もいるのだという。
フェリオはしばし黙り込み、口を開いた。
「……一度だけ言おう、君が望むなら白い結婚として離婚しても構わない」
「フェリオ様」
メリッサの心臓が嫌な音を立てた。
ほんの少し前は、そう告げられると信じて疑っていなかったというのに。
「兄夫婦とあの子たちを守ると決めていた――だが、その決意は簡単に打ち砕かれてしまった。俺のそばにいることで君を危険にさらすだろう」
フェリオは何の感情も浮かべず、いつも皆の前にいるときのような冷たさすら感じる表情だ。
けれどメリッサにはフェリオが泣いているように思えた。
「あなたのせいじゃありません」
フェリオが王国を守り双子を守ると決意していることはわかった。けれど、彼のことは誰が守ってくれるのだろう。
帰ってきたあの日、自分のことを顧みずメリッサを優先してくれたフェリオを守りたい、メリッサは心からそう思った。
メリッサは思わず立ち上がり、フェリオを抱き締めていた。
「あなたのそばにいたいです」
「俺がこんなことを言うのはきっと今だけだ」
「……」
お酒の力を借りたのかもしれない。
メリッサはフェリオの頬に口づけした。
それは触れるか触れないかの可愛らしいものだった。
フェリオは軽く瞠目したあと、メリッサの頬に触れた。そして、甘く微笑んで口を開く。
「君を守ると誓う」
「はい、守ってください」
その直後、フェリオから返ってくるはずだった口づけはメリッサの覚悟が問われてしまうような、甘くて濃厚なものだっただろう。
「「叔父さまー、メリッサー!!」」
しかし、甘い時間は二人を探す双子の声で中断する。見つめ合った二人は視線を逸らし、勢い良く距離を空けたのだった。
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