双子からの手紙 4
「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」
「ああ、ただいま」
三人の侍女がロングコートを恭しい仕草で受け取った。夜遅いにもかかわらず自身を出迎えた老齢の侍女たちにフェリオは軽く微笑んだ。
「君たちには感謝している。帰ってからも慌ただしく、この家だけでなくルード、リア、そしてメリッサを守っていてくれたことにきちんとした礼を言えていなかったな……ありがとうマーサ、メアリー、ダリア」
フェリオは礼儀正しく頭を下げた。
「「「坊っちゃん!!」」」
「坊ちゃんはやめてくれ……」
三人は笑みを浮かべ、フェリオよりもさらに深々と頭を下げる。そして、頭を上げるとほんの少し眉根を寄せた。
「「「しかし魔術師団長たる者……」」」
「はは、もう子どもではないから外では弁えているさ」
「「「それもそうでございますね」」」
フェリオがこんなふうに笑うのは、きっとこの屋敷の中だけなのであろう。
メリッサは四人から少し離れたところでその様子を眺め、そんなことを思う。
しかし、次の瞬間彼女の心臓がドキンッと強く鼓動した。
フェリオがメリッサを見た途端、誰がどう見ても甘く微笑んだのだ。
「まあ……」
「これはこれは……」
「ふふ……今宵こそ」
侍女たちは何ごとか呟くと、しずしずと去って行った。
あまりの美貌と柔らかな笑みに硬直して身動きがとれなくなったメリッサはちょっとだけ『置いていかないで』と思った。
フェリオが足早に近づいてきて、メリッサの前に立つ。そして「ただいま」と言ってもう一度笑う。
「お帰りなさいませ」
フェリオが手を差し出してきたのでエスコートしてくれるのかとメリッサはそっと手を重ねた。
しかしその手は、予想外にも強く握られる。
「フェリオ様?」
「――部屋に行こうか」
フェリオに手を引かれメリッサは軽やかにエントランスホールの階段を上がっていく。
二人の周りだけ、空気までキラキラと輝いているようだ。
最後の一段を登り切ったとき、フェリオがもう一度メリッサの手をグイッと引いた。淡いクリーム色のドレスのスカートがフワリと揺れる。
今、メリッサの耳にはドキドキドキ、と心臓の音ばかりが聞こえている。
フェリオと繋いだ手には汗が滲み、口からは心臓が飛び出しそうだ。
「あっ、そういえば」
「……ん、どうした?」
フェリオが夫婦の部屋の扉を開けたとき、メリッサはようやく我に返り少し慌てた。
フェリオはメリッサを引き寄せ、部屋に入った。明かりを落とした部屋の中、クウクウという二つの寝息が聞こえる。
「……フェリオ様の帰りを待つのだとはしゃいでいたのですが、二人とも待ちくたびれてベッドで寝てしまいました」
「はは、可愛いな。それに、懐かしい」
「……え?」
「――兄夫婦が亡くなったあと、しばらくの間幼い二人は俺のベッドに潜り込んで寝ていた」
メリッサは、その様子を想像してみる。
通常であれば伯爵家の令息として育ったフェリオは、二人が自分のベッドに寝ることを許さないだろう。
しかしフェリオは二人を受け入れたのだ。
父と母と別れた二人にとって、どれほど心強かっただろう。
そう考えたとき、メリッサはますます彼のことが愛しく思えた。
メリッサは潤んでしまった瞳に気がつかれないよう、笑みを浮かべ話題を変えることにした。
「でも、今日はお帰りになれて良かったです」
「ああ――二人からの『手紙』のお陰だ」
「え?」
「明日、感謝とともに、また二人を注意をしなくては」
フェリオは困ったように笑った。
その姿は双子を愛する普通の叔父のように見える。
「……君に大事な話がある。機密事項も多いので本当は部屋で二人きりになったときに話そうと思ったのだが、二人を起こしてはいけない。応接室で話そう……夜遅いが付き合ってもらっても?」
「ええ、もちろんですわ」
フェリオは再びメリッサの前に手を差し出した。手を重ねると今度は軽い力で握られ、優雅にエスコートされる。
ちらりと視線をあげると、フェリオは先ほどまでの優しい笑みを潜め、深刻な表情を浮かべていた。
メリッサは先ほどとは違う心臓の鼓動を感じながら、フェリオにエスコートされ応接間へと向かうのだった。
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