双子と契約妻
「……さすがにこれ以上抜け出すわけにはいかないな」
「……これは?」
「この勲章を授かったのは全て君のおかげだ」
「えっ! でも、えっ?」
フェリオはメリッサに勲章を押しつけると、再び足元に金色の魔法陣を展開し、一足飛びにパレードに戻ってしまった。
そして、その後はこちらに視線を向けることもなかったし、その表情もいつものような感情を感じさせないものに戻った。
その代わり、第八王女がこちらをにらみつけている気がした。
けれど、メリッサが視線を向けたらフイッと逸らされたので、気のせいだったに違いない。
* * *
「わあ、見せてよメリッサ!」
「すごい、キラキラしているね!」
帰りの馬車の中、双子は帰ってきた叔父のことより大きな宝石とキラキラ輝く勲章に夢中だ。
そんな姿は微笑ましいが、メリッサの心中はそれどころではない。
もちろん、衆目の前で離婚を言い渡すほどフェリオが常識外れだと思っていたわけではない。
けれど、あれではまるで長い間離れていた妻を心から愛する夫のようではないか。
――しかし、フェリオは一度たりともメリッサが送った手紙に返事を寄越したことがない。
最後の方はメリッサも双子のことしか書かなくなった。
叔父であるフェリオに双子の成長を報告することは、義務だと思ったのだ。
だから、手紙自体は定期的に送ってはいたが……。
「とっても大切なものだから、壊さないようにね?」
「「はーい!!」」
双子に勲章を渡すと、キラキラした瞳でのぞき込んでいる。
双子は可愛い――フェリオが帰ってくると知った日に一番初めに考えたのは、双子とのお別れだ。
あの日は思わず涙してしまった……。
フェリオとは結婚式で初対面で、その上その日のうちに戦場に旅立ってしまったのだ。
カレント男爵家にロイフォルト伯爵家から結婚の申し込みがあった日は、ずいぶん騒ぎになった。
そもそも、貴族といっても庶民に近い生活をしているカレント家と伯爵とはいっても妃を輩出したこともある由緒正しいロイフォルト家には接点などない。
しかも、フェリオ・ロイフォルトは現魔術師団長なのだ。
確かにロイフォルト家の二男として生まれた彼は、自分は代理であり、兄夫婦が遺した双子のどちらかに家督を譲ると宣言している。
しかしそれは彼が魔術師団長としての職務を全うするためでもあり、どちらにしてもメリッサと結婚するような立場の人ではない。
彼は戦場で誰よりも多く魔獣を屠り、この国を守りきった英雄なのだ。しかも見目麗しい。
黒髪に金色の瞳をした美貌の魔術師団長――彼がメリッサを選んだのは、全て目の前の双子のため、それだけのはずだ。
「もちろん、生きて戻ってきたことは良かったと思うけれど」
メリッサはポツリと口にした。
そして口をつぐむ。双子が顔を上げ、メリッサをじっと見た。
可愛い双子、二人がいたからこそメリッサは寂しい思いもせず、むしろ幸せに今日まで過ごすことができたのだ。
「「メリッサは、叔父さまが帰ってきて嬉しくない?」」
「――っ、そんなことないわ。あなたたちの叔父様だもの」
「「メリッサもいなくなっちゃう?」」
「えっ……!?」
双子はアイスブルーの澄んだ瞳でメリッサをじっと見つめている。
もちろん子ども相手なのだ「そんなことない」とすぐに答えたら良かったのだろう。
しかし、このあとメリッサはロイフォルト家を出て行くことになる可能性が高い。
それなのに見え透いた嘘をつくのもどうかと思ってしまったのだ。
「……一緒に、いるわ」
「「……ふーん」」
双子は何事もなかったかのように勲章に視線を戻した。
だからメリッサはてっきり、二人の質問には子どもらしい純粋な興味だけで、深い意味はなかったと思った。
――だって、二人はとっても賢いけれど、まだまだ六歳の子どもなのだ。
しかし子どもの成長は著しく、昨日まで理解できなかったことだって今日は理解できるのだ。
このとき、返答に窮したことがこのあとちょっとした事件を引き起こすことなんてメリッサは当然予想だにしていない。
馬車はロイフォルト伯爵家に到着した。
「あっ、お出かけ着を脱いでお風呂に入ってから遊ぶのよ!」
「「はーい!」」
けれど、馬車から飛び降りた双子はメリッサの言葉なんて聞いてなかったように、走って行ってしまった。このままでは、この日のために特注した衣装がクシャクシャに……場合によっては破れてしまうことだろう。
「待ちなさーい!」
いつだって愛らしいけれど悪戯好きでやんちゃな双子を追いかけ、メリッサも馬車から飛び降りたのだった。