手紙 2
部屋にはまだ明かりが灯っていた。
机の前に座っていたフェリオが書類から目を離し顔を上げる。
金色の瞳が真っ直ぐにメリッサを見つめた。
「……強硬手段に出たか」
「ご、ごめんなさい!?」
短いため息をついて立ち上がったフェリオは、メリッサの近くまで歩み寄ると困ったように微笑んだ。
その笑みに妙な色気を感じて、メリッサの心臓がドキンッと音を立てる。
「もちろん、君のことじゃない。あの三人がいったいどんな手を使ったか教えてもらっても?」
「……私のベッドを誤って破損してしまったそうですわ」
「なるほど、ベッドを誤って破損……か」
言い訳じみているな、でも本当のことなのだ、と思いながらメリッサはフェリオから目を逸らした。
机の上には書類が山積みになっていた。
フェリオは早く帰るために仕事を持ち帰ってきたようだ。
「お忙しそうですね」
メリッサは所在なさげにフェリオに視線を戻した。
恐らく今が手紙について聞くときなのだろう。しかし、メリッサはもし『返事などしたくもなかった』とフェリオに言われたら立ち直れない気がしていた。
たぶん二日前までなら、当然だと受け入れられただろうに……。
「何か言いたいことがあるようだな」
差し出されたフェリオの手にメリッサは怖ず怖ずと手を重ねた。
エスコートされてソファーに座らされる。
フェリオは隣に座らず、椅子を引いてきてメリッサの斜め前に座った。
「さあ、話してくれ」
「――手紙」
「手紙?」
フェリオが軽く首をかしげる。
その表情からは、気まずさなど感じない。
メリッサは勇気を出して聞いてみることにした。
「なぜ、手紙に一度も返事をくださらなかったのですか?」
「――――は?」
フェリオは軽く瞠目した。
その表情から彼の動揺を感じてメリッサの心臓は再び嫌な音を立てる。
もしも手紙を一度でもくれたなら、せめて双子のことだけでも聞いてくれたなら。
メリッサは何度もそう思った。フェリオは噂に聞く通り、戦いにしか興味がなく氷のような血が流れているのかもしれない、とまで思ったこともある。
けれど、再会した彼は想像とはまったく違ったのだ。
「……君から半年に一度届く手紙には、返信をしたはずだ」
「えっ――半年に、一度?」
フェリオの言葉はあまりにも予想外だった。
それもそのはず、メリッサは半年どころか半月に一度定期的にフェリオに手紙を送っていたのだ。
前線はひどい惨状で、届かないときもあるだろう、とは思っていた。
だから、双子がメリッサを助けようと魔力を使い過ぎたことなど、重要ではあっても彼らの魔力が強いことが他者に知られるような内容は控え、日常の一コマを書いていた。
「私は半月に一度は手紙を送っていたのですよ?」
メリッサは震える声でそう言った。
しかし、フェリオの表情はメリッサなどよりよほど深刻だった。
「――半年に一度、君から届いた手紙はラランテスが直接持参したものだったな」
「そんな……」
「君の手紙は愛らしく、他愛ない内容ばかりだった――君のことだ、他の手紙にもルードとリアの魔力やこの家の重要事項は書いていなかった……そう判断しても?」
「書いておりません」
「そうか……実は不審な点はいくつもあった。そのために窮地に追い込まれたことも」
フェリオは黒い前髪をグシャリと掻き上げると椅子から立ち上がった。
「他には何かあったか?」
「第八王女殿下にフェリオ様と別れるように、と」
「なるほどな……魔術師団本部に戻らねばならない。君は俺のベッドを使って休むように」
「――はい」
フェリオの人柄を知る度に、メリッサが感じる違和感は大きくなっていた。
しかし、それが事実として突きつけられ、震えた手でギュッとネグリジェを握る。
「……メリッサ」
メリッサは、フェリオがすぐに部屋から去ってしまうと思った。
けれど彼はすぐに出ていかず、代わりにメリッサの前に立ち、背中を丸めて彼女と視線を合わせた。
「君が俺に送ってくれた他の手紙の内容が知りたい」
「……フェリオ様?」
「君の手紙のお陰で何度も命を救われた」
メリッサの手紙には、本当に日常のことしか書いていなかった。
だから、そんな手紙でフェリオが救われるはずなどない、と思った。
「――――生きて帰ってもいいのだと」
「……っ、フェリオ様」
メリッサの淡い茶色の前髪をフェリオの長い指先が軽く避けて、額に唇が押し当てられた。
まるで、眠れないと泣いた幼い日に、メリッサの母がしてくれたような――これはたぶん家族のキスだ。
「帰ったら話を聞かせてくれ。では、いってくる」
「……いってらっしゃいませ」
フェリオはもう振り返ることなく扉を開け、足早に去って行ってしまった。
メリッサはフェリオが去り一人残された部屋の中、額を手の平で押さえたまま複雑すぎる心境でパタリとソファーに倒れ込んだのだった。
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