星屑のクッキー
――パパパパンッ!
そのとき、調理場のほうから何かが破裂するような激しい音が響き渡った。
メリッサのあとをついてきていたフェリオが血相を変えて走り出す。
何が起こったのかと、メリッサもそのあとを追う。
いつもののんびりとした動きが嘘のように、箒を手にした侍女たちがメリッサを追い越していった。
「は、速い……」
ロイフォルト伯爵家の屋敷は広く、玄関ホールから調理場までは長い距離がある。
メリッサが息を切らして調理場にたどり着くと、再びポポポポンッと破裂音がした。
調理場に入るとエプロンをつけたルードとリアがフェリオに抱き上げられ頭垂れていた。
「ルード! リア!」
メリッサはさっと顔を青ざめさせて、二人が怪我をしていないかと走り寄る。
「問題ない。怪我はしていないようだ」
「そうですか……」
フェリオの言葉にメリッサはホッと息を吐く。
「……いったい何が起こったのですか?」
「原因はオーブンの中にあるようですね」
「まあ、良い香りですこと」
「開けますわよ」
確かに調理場には甘くて香ばしい香りが漂っている。
マーサとメアリーが箒を構える中、ダリアがオーブンの扉を開く。
すると再び、ポンッポポンッと音がして、指先くらいの星屑が一つオーブンから転がり落ちてきた。
「まあ……坊ちゃんとお嬢様は、お土産に頂いた星屑をオーブンで焼いてしまったのですか?」
ダリアが呆れたようにそう口にした。
メリッサが視線を向けると、ルードとリアはフェリオに抱き上げられながら頭を垂れた。
「だって、ラランテス先生が星屑は食べられるって授業で言ってた」
「ラランテス先生が星屑は美味しいって。だからクッキーに混ぜておいたらもっと美味しくなるし可愛くなると思って」
「まあ……」
星屑をクッキー生地に混ぜ込むなんて、メリッサは考えたこともなかった。
だからまさか星屑が混ざっているなんて想像もせず、スプーンで掬ったチョコチップクッキーの生地をそのまま焼いてしまったのだ。
確かに魔法薬の材料になることもあると、中級魔術の授業でラランテスは言っていたかもしれない。
飲み薬に入る素材なら確かに食べられるのだろうが……。
「はあ……襲撃でもあったかと思った」
「「……」」
良かれと思ってしたことが裏目に出て、双子はすっかりしょげ返っている。
それにしても、フェリオが帰ってくるまで双子はむしろ大人しいくらいだったのに、どうしたことか……。
「「ごめんなさい!!」」
双子が謝るのを見るのは昨日からもう何度目か。
昨日フェリオの凱旋を見学したのが、もはや遠い昔にすら思えてくる。
「……ふう、今度から相談するのよ」
「「はい……」」
メリッサはオーブンをのぞき込んだ。
星屑は加熱したからか、指先くらいに膨らんでキラキラ輝いている。
「――可愛いわね」
まるでクッキーの岩石から顔を出す宝石の原石のようだ。
「食べられるのかしら」
「……星屑は魔力の循環を良くする。加熱して使うこともあるから食べられるだろう」
「そう、では一つ」
メリッサはクッキーを指先で一つ摘まんだ。
「――待て!」
「え?」
しかし手首が掴まれて、指先はフェリオの口元へ。そのまま、あーんするようにクッキーはフェリオの口の中へ消えた。
サクサク、パチパチと音が聞こえる。
「……」
メリッサは未だ掴まれたままの手首とフェリオの口元に視線を交互に向け、そしてかつてないほどに頬を上気させた。
フェリオは恐らく、メリッサが不思議な食べ物を気軽に食べようとしたので毒味をしたかったのだろう。しかし、慌てていたのか無意識だったらしい。耳元が赤くなり、次いで頬が染まっていく。
「……さて、この婆たちは星屑を使ったお菓子を作ったことがあるゆえ、安全なことは知っております」
「坊ちゃま、お嬢様、食事前ではありますが少し試食いたしましょう」
「まあまあ……仲が良くて素晴らしいですわね」
三人の侍女は双子を連れて去ってしまった。調理場には頬を染めたままの二人だけが残されたのだった。
次回から『手紙』のお話です
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