夫の忘れ物 5
「家族の感動の再会の時間を邪魔して申し訳ないな」
「……ラランテス、メリッサが大変なことになったというのは嘘だったのか」
ラランテスは悪戯が成功したような顔をしている。一方、フェリオは眉根を寄せていた。
「嘘ではないさ――真実でもないが。メリッサ君だけでなく、ルード君とリア君の二人まで王城に来てしまったのだから、大事に相違ないだろう?」
「……そう言われればそうだが」
メリッサ自身も、書類を届けるだけのはずが大事になってしまったと思っている。
そこではたと、なんのためにここに来たのか思いだした。
そう、メリッサはフェリオに書類を届けに来たのだ。
「……あの、フェリオ様、書類を忘れておられましたよ」
メリッサが書類を渡すと「助かった……ありがとうメリッサ」とフェリオは笑みを浮かべた。
しかしその直後、首を捻る。
「しかし、いくつか疑問点がある。君が双子を連れてこの場所に来るとは思えないし、君が自ら来たのも不思議だ。そもそも書類は鞄に入れたはず……」
メリッサはここまでの出来事をフェリオに語った。
自分で話していても、書類を届けるだけのはずなのに大事だったと思いつつ……。
話をしている間、フェリオの表情は徐々に深刻なものへと変わっていった。
フェリオは双子と向き合い口を開く。その声はいつもよりやや低い。
「ルード、リア」
「「はい」」
「いざというときに逃げられるように馬車に細工してあったが――メリッサに黙って着いて来たんだな?」
「「――ごめんなさい」」
「あれはいざというとき君たちが危険から逃れることができるように教えたものだ。よほどのことがなければ、使ってはいけない」
「「でも――メリッサ一人じゃ心配で」」
双子は目に涙を溜めて俯いてしまった。
確かに二人の気持ちは嬉しいし、実際に助けられた。
けれど、勝手に着いて来たことについては後ほど自分の方からもよく言い聞かせなくては、とメリッサは考える。
フェリオは二人を見つめ、チラリとメリッサを見て何とも言えないような表情を浮かべた。
そしてしばらくの間、メリッサをじっと見つめ「確かに」と呟いた。
――確かにとは!? とメリッサは密かにショックを受ける。
「――確かに、メリッサ君は頭が良く努力家で優秀な生徒ではあるが、お人好しすぎて一人では心配だな」
「ラランテス先生まで!」
そんなに頼りないか、とメリッサは肩を落とした。
メリッサから視線を外し、フェリオは双子の前に片膝をつく。
「君たちがメリッサを思う気持ちはわかった。だが、それとこれとは話が別だ。今後、大人の許可なく馬車に忍び込むことは禁止する」
「「はい……」」
「何かあったら、まず俺に相談すること」
「「叔父さまに相談します」」
「よろしい」
フェリオは立ち上がり、今度はラランテスに頭を下げた。
「三人を保護してくれたこと、感謝する」
「メリッサ君たちは目立ちすぎるからな……礼については君の魔力を解析させてくれればそれでいいぞ」
「はあ……その程度なら、仕方ないか」
「ずっと断られ続けていた私としては願ったり叶ったりだが、君も自分の価値に無頓着だな。火・水・土・風のみならず光と闇属性まで全属性を持つ者など滅多にいないというのに」
メリッサは、フェリオが全属性を持っているというのを聞いて驚いた。
全属性を持つ人なんて、歴史を紐解いてみたって数えるほどしかいないのだ。
「――まあ、ルード君は土と火と光、リア君は水と風と闇属性持ちだ。二人合わせれば全属性を有すると言えるか」
「……二人については」
「もちろん、多属性持ちであることは口外していないし、子どもを利用するほど落ちぶれてはいない」
ラランテスはニヤリと笑ってから「ところで、会議に遅れるぞ?」と口にした。
「そうだな、行かなければ……その前にメリッサ」
「はい!」
「もう一度礼を言う。それから、そのドレス姿も可愛らしいな」
「……えっ」
「ラランテス……もう一つ頼んで良いか?」
「もちろん構わないさ。三人を屋敷まで送れば良いのだろう?」
「よろしく頼む」
「お安いご用だ」
フェリオはもう一度頭を下げ、それからルードとリアの頭を一回ずつ撫でてから来たときとは違い、颯爽と去って行った。
* * *
帰りも衛兵たちはロイフォルト伯爵家の馬車に敬礼した。
メリッサは衛兵たちにぺこりと会釈した。
真似して会釈した双子は、ラランテスにお土産としてもらったキラキラ光る星屑が入った小瓶を光にかざしてご機嫌だ。
メリッサたちを乗せた馬車は王城を去り、ロイフォルト伯爵家へ帰って行く。
しかし、誰がどう見ても、メリッサの頬は赤く染まったままなのだった。
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