夫の忘れ物 4
――時間にすれば、ほんの十分ほどのことだっただろう。
しかし、メリッサにはとても長く感じた。
バタバタとした足音が聞こえてくる。
いつも上品で高貴な印象のフェリオがそんな音を立てるはずがないから、きっと誰かが遣いとして来たのだろう。
「メリッサ!!」
しかし、切羽詰まったような声は間違いなくフェリオのものだ。
ラランテスの姿はない。
フェリオは双子と手を繋ぐメリッサの目の前に立ち、なぜか三人まとめてギュウッと抱き締めてきた。
「……あ、あの!?」
「無事か!!」
その声のあまりの必死さに、メリッサは瞠目した。
そして、フェリオの境遇に思いを馳せる。
己の身を顧みずこの国のために戦ってきたこと、兄夫婦を失い双子をメリッサに託したこと、そしてまだ何も知らない彼のこれまでの人生……。
「大丈夫、ですよ」
メリッサは双子から手を離し、フェリオの背中をあやすようにトントンッと叩いた。
「本当に……? 何もなかったのか」
「どうしてそう思ったのですか? フェリオ様が忘れた書類を届けに来ただけだというのに」
「第八王女殿下と会ったとラランテスが言った」
「確かに殿下にお会いしましたけれど」
ようやくフェリオは三人から手を離した。
メリッサも彼から体を離し、穏やかに微笑む。
「ルードとリアが助けてくれましたから」
「ルードとリアが?」
フェリオは双子を見つめた。
二人はまるでお母さまを守ったから褒めて! とでも言うように胸を反らして自慢気だ。
「そうか……ルード、リア、メリッサを守ったのかえらいぞ。――――だが」
フェリオは今度は二人を強く抱き締めた。
双子は目を丸くして軽く身じろぎしたが、すぐに大人しくフェリオにしがみついた。
「危険なことはするな……君たちのことは俺が守るから」
「「叔父さま……」」
メリッサは目頭が熱くなるのを感じながら、フェリオと双子の姿を見つめた。
黒い髪に金色の瞳のフェリオ。
銀の髪にアイスブルーの瞳のルードとリア。
色合いは違えども、三人は確かに血が繋がった家族なのだ。
「君もだ」
「――――は?」
三人と血が繋がっていないから自分は部外者のように思えて、メリッサは寂しく感じていた。けれど、まるで今のフェリオの言葉はそんなメリッサの気持ちに気がついたみたいだった。
「君も、もっと俺を頼ってくれ。感謝しているんだ……そして申し訳なくも思っている。君に全てを任せてしまった」
「――フェリオ様」
「ルードとリアを見ればわかる、君がどれほど心を砕き、二人を慈しんでくれたか」
「二人はとても可愛いから、誰でも大切に育てたと思います」
「そんなことはない。君のおかげだ」
「――っ!」
フェリオが微笑んだ。
その笑顔は家族に向ける穏やかで温かいものだった。少なくともメリッサはそう感じた。
「兄と義姉上が遺した二人を育てられないことだけが心残りだった。君の手紙から、二人の成長を知り、君の愛の深さを知った」
「私は……」
今こそ手紙について聞くときなのかもしれない。しかし、メリッサが口を開きかけたとき研究室の扉がもう一度勢い良く開いた。
最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。面白いと思っていただけたら下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。