夫の忘れ物 3
「さて、君たち。どこへ行けばいいか理解しているのかな?」
元気いっぱい建物に走り込んだルードとリアだが、ラランテスの言葉にピタリと足を止めた。
「「ラランテス先生、案内していただけますか?」」
「ふむ、よろしい。だが、あまりこの中を歩き回るのも望ましくないな――目立ちすぎる」
リアは濃い水色のワンピースにフリルたっぷりの白いエプロン。ルードはグレーのジャケットと膝が隠れる長さの半ズボン、白いブラウスとチラリと見えるリアとお揃いの水色のベスト。
朝は自分で結んでいたリアの髪は、恐らくダリアが整えたのだろう。最近リアが気に入っているうさぎちゃんの髪留めでツインテールになっている。
お揃いの服に着替えた銀髪にアイスブルーの瞳の双子は、歩くお人形のように可愛らしい。
「――確かに目立ちすぎますっ。うちの子たちが可愛すぎる!!」
思わずそう力を込めて言ってしまったメリッサを横目に、ラランテスが「君もな」と呟いた。
「え?」
「……いやはや、年はとりたくないものだ」
ラランテスはメリッサと双子から視線を外し、モノクルの位置を直した。
「とりあえず、私の研究室にご案内しよう。人が寄りつかないし安全だ。そこで書類を渡せるように取り計らおう」
「ありがとうございます」
人が寄りつかない、という意味にほんの少しの不安を覚えながらメリッサたちはラランテスのあとについていく。
ラランテスの研究室は、魔術師団本部の地下にあった。
――そこは怪しくおどろおどろしくそれでいて可愛く魅力的な物であふれていた。
淡い紫色の溶液の中で泳ぐ金色の鱗の小さな魚――ルードがその水槽に突撃しそうになったため、メリッサはその手をガシリと掴んだ。
キラキラ輝く触れただけで壊れそうな透明で尖った結晶体――リアが手を伸ばそうとしたためやはりメリッサはその手をガシリと掴んだ。
「ああ、見た目以上に貴重だったり獰猛なものが多いから気をつけてくれたまえ」
「はっ……はい!!」
見た目がすでに貴重そうなのに、見た目よりも貴重とは、とメリッサはぶるりと震えた。
ラランテスはそう言いながらも楽しそうだ。
「――ふむ、だが壊してしまっても気に病む必要はない。あのフェリオ・ロイフォルトに貸しが作れると思えば安いものだ」
「……細心の注意を払いますわ!?」
「くっ、それは残念なことだ」
メリッサだって、試験管の中に閉じ込められた輝く星形の物体や、魔法陣の中のロウソクに揺らめくピンク色の炎に心ときめかないわけではない。
実はメリッサは、キラキラ輝くガラス細工や繊細な作りの小物が大好きだ――しかし、幼い双子が壊したり怪我をしたり口にしたら大変だと今日この日まで我慢してきたのだ。
「ふふん、待っていたまえ」
ラランテスは口の端だけつり上げて意地悪げに笑うと、機嫌良く去って行った。
溶液の中で小さな魚がポチャンッと音を立てた。
繊細すぎる結晶がキラキラシャララッと煌めいた。
「ある意味この場所のほうが危険なのでは」
――フェリオ様、早く書類を取りに来て下さい。そう思いながら、今ほどフェリオに心の中で助けを求めた日などメリッサにはない。
「お魚さん可愛い!!」
「わぁっ、きれい!!」
「だめよ、二人とも!?」
メリッサは再び興味のあるほうへ向かおうとする双子の手をしっかり握りしめた。
そして視界の端に今にも切れてしまいそうな七色の糸でできた蜘蛛の巣を見てしまい、背中に冷や汗をかくのだった。