夫の帰還
その日、勝利を祝うパレードは、王都のメインストリートを埋め尽くし、城まで長い列を作っていた。
メリッサはそのパレードを王族の一段下に設けられた特別席から見ながらこう思った。
――これで終わりね、と。
メリッサは二十一歳になっていた。
癖の強い淡い茶色のフワフワした髪に緑がかったブルーの瞳をした彼女はパレードの先頭を進む魔術師団長フェリオ・ロイフォルトの妻だ。
彼との初対面は、三年前の結婚式。そのあとすぐに彼は長い戦いに出てしまった。
もちろんその間、手紙は送ったけれど一度たりとも返事はなかったのだ。
「……メリッサ! 叔父さま帰ってきたね!」
「良かったね、メリッサも待っていたでしょう?」
「ルード、リア……そうね、あなたたちの叔父様は英雄になって帰ってきた。きっとこれからは、家族一緒に幸せに過ごせるわ」
無邪気に喜ぶ二人だが、その『家族』の中におそらくメリッサは含まれていない。
ルードとリアは双子で、フェリオの亡き兄夫婦の忘れ形見だ。
銀髪にアイスブルーの瞳をした二人は、色合いこそ違うものの絶世の美貌を持つフェリオに良く似ている。
可愛い双子とは三歳からの付き合いだ。もはや自分の子どものように思えてすらいる。離れるのはつらいが、二人も本当の家族と暮らすほうが良いだろう。
――そもそも、フェリオとカレント男爵家の長女だったメリッサは、完全なる契約結婚なのだ。
幼い双子を残して長男夫婦が亡くなり、女手が必要となったロイフォルト伯爵家。
そんな中、婚約者がいないメリッサが選ばれた。双子の一時的な母親役として……。
フェリオは結婚式の直前「恐らく戦場から帰れないだろう……君はいずれこの家を継ぐ双子の世話さえしてくれればなにもかも好きにして良い」と言ったのだ。
メリッサとしてはそれなりでも良いから良好な夫婦関係を築きたいと思っていたのだけれど、フェリオに完全に拒否されてしまった。
フェリオは双子さえ大切にしてくれるなら誰でも良かったのだろう。
メリッサには弟三人、妹が二人いる。
子だくさん貧乏でお金を必要としているカレント男爵家。その長女で子どもの世話に長けていて婚約者どころか浮いた噂の一つもないメリッサは相手にうってつけだったというわけだ。
メリッサとしても、実家に仕送りできるし、好きな物を食べオシャレもさせてもらえたから十分満足していた。しかも、ロイフォルト伯爵家の図書室は充実している。
本好きのメリッサにとって、最高の環境だった。
ただひとつ気になっていることがある。
それは、戦場に送った手紙に双子の成長も綴っていたにもかかわらず、それに関する返事すらなかったことだ。
フェリオは部下からの信頼厚く、人格者であるとされている。
事実、結婚前の約束は、実家への仕送りもメリッサの待遇も全て守ってくれている。
メリッサがフェリオとの関係が契約結婚と思っている理由はもう一つある。
――フェリオが帰還する直前、メリッサに届けられた一通の手紙。そこには、第八王女の直筆で、フェリオと別れてほしいと記されていたのだ。
もしかするとフェリオは第八王女とは手紙をやり取りし、愛を育んでいたのだろうか。
しかし、フェリオとメリッサは契約結婚なのだ。これ以上望むべくもないだろう。
「フェリオ様は英雄になった。あとは、白い結婚だった私と別れるだけ」
「「メリッサ?」」
物憂げにパレードを眺めながら独りごちたメリッサを、双子が不思議そうに見上げた。
子どもに聞かせるような話ではなかったと、メリッサは作り笑いを浮かべる。
パレードはとうとう、王族席の真ん前にたどり着き、止まった。
そのとき、強い視線を感じる。
黒い髪の視線の主は、金色の瞳で射貫くようにメリッサを見つめていた。
「フェリオ様……」
もちろん、フェリオがメリッサにそこまでの関心を向けるはずがないのだから、気のせいに違いない。
フェリオは王族たちに順に挨拶を受け、最後に第八王女から大きな宝石のついた勲章を授かった。
そして、第八王女から祝いの言葉を受け取っている。
それにしても、嬉しそうな表情の一つも浮かべていない。
あの勲章を生きたまま受け取ったのは、この王国の長い歴史で彼が初めてだというのに。
けれど、彼の表情は第八王女から視線を外した直後、瞬時に変化した。
笑った、珍しい! と思ったのは、メリッサだけではなかったらしい。
周囲が静まり返った。
足元に金色の魔法陣が浮かび、フェリオはトンッと軽やかに飛んだ。
瞬時の間に、フェリオはメリッサの目の前にいた。
「お帰りなさいませ旦那様」
「……ただいま、メリッサ」
見間違いなどではなく、やはりフェリオは微笑んでいる。
「「お帰りなさいませ叔父さま!!」」
「ああ、ルードとリア……大きくなったな」
双子もメリッサを真似て元気に挨拶した。
ピッタリ揃った挨拶と双子の可愛らしさに周囲が思わず笑みを浮かべる。
双子をヒョイッと抱え、やはりフェリオは満面の笑みを見せた。
屋敷に戻ったら気の利いた台詞とともにお別れの言葉を告げようとしていたメリッサの思惑は、見事崩れ去ってしまったのだった。
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ヒーロー不憫背景、物語はほのぼのでお送りします。
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