『絶海の孤島連続見立て殺人事件』
とりあえず、と私は考えた。焦る気持ちを抑えて冷静に冷静にと心の中で繰り返し唱えながら、いつの間にか震え始めていた手を握り締めた。
連続殺人鬼から逃れるためには、全てのフラグを完膚なきまでに折り尽くさねばならないのだ。
* * *
現状を簡単に説明しよう。私の名前は高見、高校二年生。花も恥じらう女子高生とは私のことだ。
ことの始まりは面倒なので省略するが、いろいろあって私とその他の人々は絶海の孤島にぽつんと立つあるお屋敷に来ている。絶海の孤島なのだからもちろん携帯電話は通じないし、ついでに嵐も上陸して屋敷の周りで猛威を奮っており、迎えのフェリーがおそらく二日後くらいまで来ないことは言うまでもないだろう。言い添えておくと、電話線は何者かに切られていた。全くもって腹立たしい。
そんなおあつらえ向きの無人島に集まった人間は、私を含め‥‥まあ、予想はできているだろうが十三人だ。登場人物としては少し多いような気もするが、たぶん逆方向へのゲン担ぎだ。西洋風の。何組かは知り合い同士のようだが、基本的には初対面の人間が多い。年齢も十七歳の私から六十すぎの老夫婦まで様々だ。
そして「絶海の孤島」と来れば、そこで起こるのはほぼ間違いなく連続殺人事件だ。一人、二人と殺されていき、犯人の目的は何なのか、次の標的は誰なのか、そして、この中の誰が犯人なのか――という恐怖を犯人以外の誰もがもれなく味わえるという全く嬉しくないアトラクションである。
ちなみにこの島には古い数え歌もしっかり伝わっており、奇しくもその歌は十二番まで存在する。犯人以外は全滅のパターンである。普通に考えるとやはり多すぎるがそれもご愛敬だ。そもそも見立て殺人の場合、数合わせのために関係が薄いにも関わらず殺されてしまう人間が少なくとも一人は出てくるもので、それに当たってしまった人物は全く不運としか言いようがない。連続殺人というのはえてして不条理である。
これが今回の『絶海の孤島連続見立て殺人事件』の概要だ。
今はちょうど二人目の死体が発見され、残る十一人がダイニングに集合して互いを恐怖と疑いの入り混じった目でにらみ合っているところだ。
先ほどからすすり泣いている三十代半ばの女性は第二の被害者の妻で、それを気遣わしげに見ているのは大学生くらいの茶髪の男だ。熟女がお好みなのだろうか。
第二の被害者の殺害現場は見事に密室だった。おまけに壁には数え歌の二番の歌詞が血で書かれていて、彼はその通りに死んでいた。もちろん全員アリバイなし。十一人の容疑者が一堂に会している、という訳だ。
誰もが疑心暗鬼に陥っていた。自分の隣に座っているのが残虐極まりない殺人鬼かもしれず、また、次の犠牲者となるのは自分かもしれない。十一――いや、犯人を除く十人の共通の思いだった。
痛いほどの沈黙は、若い女性がガタンと音を立てて椅子から立ち上がったことで破られた。皆の顔が上げられるより早く、女性は「もういや!」とヒステリック気味に叫んだ。
「いかれた殺人鬼と一緒にいるなんて耐えられないわ!!」
「お、落ち着いてください」
隣にいた大学生の男が必死に宥めようとするが、女性は男を清々しいほどに無視し、髪を振り乱して机をバンと叩いた。
「私、部屋に戻る! 鍵をかけて立てこも――」
「それはダメえええ!!」
今まで黙りこくっていた私が凄い形相で立ち上がったため、女性を含む全員がぽかんと私を見つめた。
こういった場での籠城作戦は、一見うまく行きそうなのになぜか裏目に出て文字通り自殺行為になってしまうというのはあまりにも有名だ。これ以上被害者を出さないために、それだけは避けねばならない。
「籠城は良くありません。やめましょう!」
「な、何なの、あんた‥‥」
「みな、みなさん、少しリラックスしましょうよ」
驚きステータスからいち早く回復した中年女性が、ひくつき気味の顔面筋をどうにかほぐして朗らかに言った。
「今、コーヒーをお入れしますから――」
「それもダメえええ!!」
人間というのはなぜかくもフラグを立てたがるものなのだろう。この場で何か口にしてみろ、一人、そう、断言できるが、確実に、間違いなく、一人の人間が昇天するだろう。中年女性は「そ、そう?」と軽く浮かせた臀部を元に戻した。だが、何だか、私を見る皆の目つきが胡乱なものになっているような気がする。
「君、少し、おかしくないか? なぜ、そんなに他人の行動に口出しをするんだ?」
大学生の男が疑いの眼差しを私に向けた。くそ、この熟女好きが。私の心の中での罵倒に年上趣味野郎が気付く訳もなく、椅子に座り直した私に、彼はまたいらんことを言い放った。
「君はやっぱり怪しいよ。まだ高校生だからって犯人じゃないとは言い切れないし。みなさん、どう思う?」
うぜえ。こいつマジうぜえ。
私はただ全滅を回避しようと奮闘しているだけで、感謝されることはあっても容疑者扱いされる覚えなどない。むしろお前が犯人だろ、と思ったが、仕切り屋は案外犯人に見えて犯人でないことが多い。分かりやすい仕切り癖を犯人に利用されているパターンと見た。男の問いかけに、他の人間は「彼女がそんな‥‥」とか「言われてみれば‥‥」とか勝手なことを言っている。そこで私は思い至る。あれ? やばい、これは‥‥。
「僕に提案があります。この子を、どこかの部屋に閉じ込めて――」
「ダメだってええ!! ごめんなさい、もう変なこと言いませんから!!」
危ない、「一番犯人っぽい奴は死ぬ」の法則に殺されるところだった。私除く十人の二十の怪訝そうな瞳に見つめられて、私は少し小さくなった。どうだろう、今のでターゲット認定されただろうか? 心配ではあるが、まずは今できることをしなければならない。
籠城は論外だが、このままずっとダイニングに座り続けている訳にはいかない。空腹から何かを口にすれば即アウトと考えて良い。どうやって毒を仕込むのかは問題ではない。食べ物にはなぜか必ず毒が仕込まれていて、犯人以外の誰かが必ずその餌食になるのだ。自分の毒に当たった犯人など見たことがない。
とにかく、できるだけ早く打開策を見つけなければ。朝起きると誰かが死んでいるのはもはやデフォルトだし、緊張状態が続くと誰かがブチ切れてそのままバトルロイヤルになだれ込み、そして誰もいなくなった、で終わってしまう。死のトラップは物語中に張り巡らされているのだ。
いっそのこと私=犯人であれば私の死亡は回避できるのだが、残念ながら私は殺人鬼ではない。ここで無理して誰かを手に掛けなんちゃって殺人鬼になると死亡確定だ。単に一連の事件を掻き回すだけ掻き回したお騒がせ人間ということになってしまう。死後にそんな評価をされるのは誰だって嫌である。そもそも「連続殺人」をタイトルに掲げているのだから、横槍が入ると「不連続殺人」になって――‥‥ん?
ピコーン。私は頭上に電球を浮かべてぽんと手を打った。
私たちが巻き込まれているのは『絶海の孤島連続見立て殺人事件』なのだから、何はともあれ、「絶海の孤島」「見立て」「殺人」のどれかを崩せば良いのではないか? つまり、「この島は干潮になると本土と地続きになる」とか「数え歌は三番以降全部二番の繰り返し」とか「死んだ二人はどちらも事故死」とか、そういうことであれば、『絶海の孤島連続見立て殺人事件』というタイトルは成立しなくなり、残る私たちが生き残る可能性に大いに貢献する、という寸法だ。ありえない? ルール違反? うるさい、私が挑むのは真実ではない。物語だ。
‥‥‥‥あれ?
重要な事実を私は発見した。ここまで自分が鈍感だとこのまま「ドジッ子女子高生☆」というキャッチコピーで売り出そうかなんて血迷ってしまいたくなるが、まあそれは本土に戻ってからだ。自分では気づいていなかったが、私は最初から比較的安全といえる立場にあったことになる。そのポジション特権は今も健在で、ということは、私が今まで死ななかったのはそのせいなのだろう。
私は「主人公」だった。
もちろん、「主人公=犯人」パターンとか、「そして誰もいなくなった」パターンとか、そういう例は数えればいくらでも出てくるが、それでもそれらはイレギュラーと言って構わないはずだ。こういうシチュエーションにおいて、物語の終盤に用意されているのは犯人vs主人公の壮絶バトルと相場が決まっており、ということは、つまり、主人公である私は、おそらく最後までは生き残ることができるはずだ。でなければ、この「絶海の孤島連続見立て殺人事件」を最後まで実況中継する人間がいなくなってしまう。
まあ、犯人による自白ボトルメール流しという抜け道もあるから確実ではないのは事実で、更に結局最後には死ぬ可能性が高いから、絶対安心の一手ではない。そして、残る九人の予定被害者は必然的に脇役になるため生存不可。
もっと他の、何か決定打――全ての予定被害者を救う手立てはないのか、私!
「このままじっとしていても仕方ないし、皆で島を見て回らないか?」
私の主人公らしい真剣な思考を遮ったのはメガネのおっさんの提案だった。主人公特権があるとはいえ私だって殺される危険性はあるのだから、できれば極力動き回りたくはないのだが、私には先刻の前科があるためあまり口出しできる雰囲気ではない。例の「一番犯人っぽい奴は死ぬ」ルールが特権無視で発動しても困るし。
まあ、皆で固まって動くなら、犯人がブチ切れて全員を海に突き落としたりしない限りは安全だろう。数え歌もあと十番分残っている。十一人で嵐の中をぞろぞろ動くのもどうかと思うけれど。
先頭は誰にするのだろう? リーダー然としているのはやはり言い出しっぺのメガネのおっさんか。年上趣味野郎はただの探偵気取りの仕切り屋だから‥‥
ピコーン。私の頭上に再び電球が浮かんだ。のみならずその場で回転し始めた。パトカーかよ。
しまった。初歩的なことを忘れていた。主人公特権をも凌ぐ、無敵の法則がすぐそこに存在しているではないか。しかもこれは全員に適用可能。犯人が分からない今の状況でも、犯人のあらゆる工作を全部まとめて防ぎうる完璧なガード。このルールにさえ則っておけば、何があっても死なないし、滝壺に落ちても平然と戻って来ることができる。簡単なことだ。犯人含め全員がこう宣言すれば良い。
「私は探偵です!」
探偵は犯人にも被害者にもなり得ない。現実では探偵だって殺したり殺されたりする可能性はあるけれど、物語の中ではそんなことは起こらないというのが真理だ。探偵は謎を解くためだけに存在するものだが、解けるか解けないかはこの際関係ない。というか私の脳みそは密室トリックなんていう大層なものを解明できるほど灰色ではないし、おそらくそれはここにいる他の九人(犯人除く)も同じようなものだろう。
が、探偵が死んだら物語は成立しない。
つまり、物語が終わるまで、探偵=私たちは犯人含め全員不死。毒回避スキルで安心して物を食べられるし、夜襲回避スキルで朝まで安眠だ。嵐が去ってフェリーが来れば物語は終わり探偵ガードは失効するが、このクローズド・サークルから出さえすれば後は警察のお仕事である。
‥‥‥‥勝った。
* * *
こうして私は物語に勝利し生還した。本土の空気はやはり格別だ。犯人はおいおい判明するだろうが、私としては結構どうでもいい。セオリーからは外れるが、年上趣味野郎が犯人だったらいいなと微かに思う。不謹慎だけど。
――いつだって。
次の物語が始まるとき、私たち登場人物は、媚を売ってでも探偵の座を掴まねばならない。それが無理なら今度は探偵に媚を売るなり何なりして主人公になるべきだ。生き残るにはそれだけの労力を払うことが必須なのである。もちろん、私は次に向けて精一杯の努力をするつもりだ。皆さんにも同じことを強くお勧めしたい。
‥‥‥‥死にたくないのなら。




