17・俺、もう後戻りできないらしい
「おはようございます。ドーカネさま」
翌朝、俺は天使の美声で目を覚ます。何と言う至福の目覚めであろうか。目を開ければ天使の顔が見える。
普段であれば幸福を呼ぶ微笑みを湛えているのだが、今朝は険しい顔をしている。天使には笑っていてほしいのだが。
「ああ、おはよう。どうかしたのか?」
寝起きの回らない頭で天使にそう尋ねた俺は、仕方がないと思うんだ。まだ頭が回っていないんだぞ?起きてコンマでフル回転するような天才なんかじゃないんだ。
そんな俺に苦笑している天使。本当に幸せだなぁ
「聖女隊が夜明け前に抜け駆けしていきました。予想通りです」
俺はそんな予定は知らん。昨日の騒動に際し、姫様がそう予言し、天使からもそう聞いたに過ぎない。
「・・・・・・追いかけるのか?」
「はい。ですが、未だ準備中の部隊を動かせば混乱が生じてしまいます。魔剣騎士や僕たちだけで先行します」
村までは俺たちが駆ければそう遠くはないらしい。部隊で動けば展開に一日以上は掛かるらしいんだがな。
「分かった」
俺は身支度を整えユージンについて行く。
「揃ったな」
そこには今まで見た事もない鎧を身に纏う姫様の姿。
「なんだ?これか?」
俺の視線に気づいた姫様が自身の鎧を指す。
「お前たちのモノには劣るようだが、これでも王家の宝具だ。言ったであろう?妾とお前のふたりで千を相手取ると」
姫様は年相応の笑顔でそう言ってのける。本当に一騎当千、いや、二騎当千?をやるつもりであるらしい。
「マジかよ」
俺は呆れながらそう呟くしかなかった。
「仕方が無かろう。聖女隊と言うのは修道士隊から選りすぐられた戦士には違いない。だがな、騎士や兵士に最も必要なものが欠けている。分かるか?」
分かるかと言われても、俺にも欠けていると思うぞ、それ。
「ドーカネは持っているだろう。冷静な判断能力だ。あの者らは救済を旨とする、その事にばかり気が向いておって冷静な判断が出来ておらん」
そう語り、先を問うてくる姫様。
昨日の会議において報告された内容が何であったか。
カーネル級三体が存在するという情報。それが何を意味するのか。
村の攻略で起きた事から推察すれば、カーネル級が魔族を束ねているという事は、ジェネラルはああなっていてもはや使い物にならないのだろう。ジェネラルに代わって群れを率いるリーダーが必要になっている。そう言う事ではないのか?
「そう言う事だ。マッチロックにおいて、カーネル級はカーネルではなく、もはやジェネラルだ。まだ体が出来上がっておらん、な。オスが居るかどうかは分からんが、森から村へ魔族が向かったというなら、中に居たかもしれん。これは『侵攻』局面と言う事だな。千のソルジャーやコマンドを蹴散らす自信だけでどうにかなる場面では無いのだ」
これまで自分たちは幾多の魔族を討伐して来た。そして、救済こそが使命と考える。そんな聖女隊には状況変化を正しく呑み込み、考えを修正する柔軟性が、冷静な判断能力が備わっていない。
「皆、今回の目的は何だ?」
姫様が皆に問う。
「はい。ジェネラル、ないしはクイーンの討伐です」
一人の騎士がキリっとそう答える。
「よし。分かったか?ドーカネ。千の魔族は道を切り拓く為の過程に過ぎん。妾とお主は速やかに魔族を蹴散らし、この村であったような『巣』を探し出し、潰す!」
なるほど、ジェネラルを真っ先に倒しに行ったあれをまたやるのか。
「分かった」
俺が頷くと満足そうな顔をする姫様。
「よし。では、あとの事は任せるぞ」
二十程度の魔剣騎士隊以外にもその場にいた騎士が数名。姫様の部隊を取り仕切る幕僚である。
「万事、畏まりました。後ほど部隊を連れ、そちらへと向かいます」
幕僚がそう返事をすれば頷き一つ、姫様は門へと向き直る。
「行くぞ!」
すでに聖女隊が姿を消して数時間が経過してる。先頭が村に到達していても不思議はない頃合いとの事だった。
姫様や騎士に従って俺も走った。
周りを見れば草原が広がり、ぽつりぽつりと集落の様なものが見えるが、それらは村と数えられない代物だと聞いた。
平民の代表、或いは下級貴族やその代官が居を構える大きな集落を村と言い、こうした点在する集落を統括する。
何の事はない、一定の地域を村や町と呼ぶ日本とたいして変わらないらしかった。
だが、今やその集落にも人気はない。攫われるか殺された後なのだろう。
数時間走ったところで止まり、サッと周辺の状況を確認しながら休息をとる。
「偵察隊が退いた後も、マッチロックに籠ったままと言う事か」
周囲を見回し、姫様がポツリとそう零す。
「『侵攻』の前段階なのでしょうね」
ユージンがそう話を継いだ。
「『侵攻』前に終息させる。その為のお前たちではないか」
そう話ている時、偵察に出ていた騎士が戻り声を上げた。
「報告します!」
皆が彼女に視線を向ける。
「前方にマッチロック村を視認。すでに聖女隊は村を囲み攻撃中です」
それはそうなっているだろうと分かっていた事である。だからこそ、誰からともなくため息が漏れる。
「五百で力押しするバカが居るか。なぜ数日が待てん」
そう言う姫様に、皆が同じ気持ちだと頷く。
抜け駆けしたところで大きな戦功となる状況ではない。聖女隊は既に修道院の頂点と言える武力。
冷静に考えれば、その組織が王国の率いる討伐隊の指揮を離れて暴走したという事態がプラスかマイナスか。誰にでもわかる話なのだが、それが今の彼女たちには判断できない。冷静さを失い味方を危険にさらす愚行。そう誹られる事にすら思い至っていないのだから。
「よし、魔族が暴発する前に中心を潰すぞ」
姫様が立ち上がり、俺たちもそれに続く。
これから始まるのは一点突破の強襲。
もう、後戻りできないんだろうなぁ




