12・俺、神殿の考えに呆れる
伯爵の遺体はそのままに、屋敷内を更に探索してみたところ、すでに用済みとなり食いちぎられてしまったか、或いは体が耐えられずに逝ってしまったか。理由が何にしろ、伯爵の言っていた通り、生存者は居らず、どの部屋も酷い惨状だった。
「四体もジェネラル級が居た事にも驚いたが、なるほど、村を呑み込んでからこちら、ずっと行為に耽っていたならこの惨状も納得が行く」
姫様も屋敷内を周りながらそう口にするくらいには回復したらしい。いや、むごたらしい惨状を見て正気に戻るって違う気もするんだが。
「伯爵もそう長くは持たなかったと思います」
ユージンが姫様へとそう説明を始める。
天使曰く、魔族は確かに道具や火を使いはするが、それは獲物を狩る為であったり、灯りを得るために行う事がもっぱらであり、火を用いて調理を行う習慣までは持ち合わせていないという。
たしかに、屋敷内を見てもそのまま腹に食いついたり頭を割って食い散らかしたであろう遺体が複数散乱し、それらを火を用いて煮炊きしたり焼いたような痕跡は見当たらなかった。
「魔族は生で人や獣に齧り付くので、その中に人が放り込まれても数日生きていけるかどうかです。もし、魔族が生の餌を人に与えて来たとしても受け付けないでしょうし、下手をすればその生肉が原因で死んでしまう事になります」
そりゃあそうだと思った。
もし魔族が火を調理に使っているなら、まずは人からの略奪によって道具を得、そのうちカーネルの様な知恵のある個体が何らかの形で交易を行い効率的に人から道具を得る様になり、その先には限定的ながらも相互の交流も生まれたかもしれない。
しかし、生活の場が違い、習慣が人と魔族では根本的に異なる以上、そうした交流が生じる機会は訪れようがないと思ってよさそうだ。
「ではなぜ、神殿は魔族に近づこうとするのだ?」
それはそうだ。俺も天使を見る。
「以前も申したように、それはごく一部の者たちだけです。伯爵のように幾日も正気を保てれば修行の昇華に繋がると考える者もいますし、中にはただ単に保護した者がうわごとのように語る快楽を自分も体験してみたいという軽薄な好奇心を抱く者もいます。いずれにせよ、従来の修行では神の啓示を受けられないと考える者たちが採る究極手段の一選択肢です。穴や洞窟に籠り断食したり、崖から飛び降りたり、熱湯に身を投げる行為と同列に考えているのです」
それはそれでどうかと呆れたが、まあ、宗教なんてそんなものかも知れん。
「そうか?修道院ではそんな極端な考え方はないと聞いているぞ?」
怪訝そうな顔で尋ねる姫様。
「はい、修道院は保護した者たちへ支援を行い教え導くという慈悲によって高みへ至るという教えが主流ですから。もちろん、聖女のように全く違った考えの方たちも存在しているようですが」
そう語る天使だが、聖女の下りで目が笑っていなかったことは見逃していない。姫様も聖女の下りで引いていた。
「ま、まあ、それはそうだな」
屋敷内をほぼ巡り、ゴブリンもあれから現れていない。
探索を終えて外に出てみれば、目の前には火の玉がゆらりと飛んできた。
「危ない!」
本当なら天使を守ろうとしただけだったのだが、俺たちの位置関係から姫様も抱き込む形となってしまった。無理に引き倒すような形になったので怒らせそうで怖い。
二人を庇いながら火の玉を見上げれば、ふわりと緩慢な速度で館へとぶつかり、まるで張付くように屋根や壁に着弾したかと思うと火炎が建物の可燃物に着火させたのだろう、煙を吹きだしながらみるみる館が火に包まれて行った。
「殿下!ご無事ですか!!」
陸橋で守れと命じられていた騎士たちのうち一部が走り込んできている。
俺がそれらを見回している間に姫様はむくりと起き上がり、館を一瞥し、俺に顔を向ける。あ、ヤバいかも‥‥‥
「すまない。助かった」
怒り出すかと思ったが、そう礼を言って騎士を振り返る姫様だった。
「妾はここに居る。ケガなどはないぞ。村の制圧はどうなっている?」
何事も無かったかのように騎士に問いかけながら陸橋へと進んでいくだけではないか。
「ドーカネさま、もう大丈夫ですよ」
俺がボケっとそれを眺めていると、ユージンもそう言って起き上がり、館へと目を向けた。
「ジェネラル級がクイーンへ進化する過程はこれで火の中へ消えるでしょう。伯爵の件も殿下に任せておけば大丈夫ですよ」
そう言って俺へと微笑む。
「ああ、そうだな」
どこか釈然としない物は残ってしまったが、わざわざ権力闘争に首を突っ込む筋合いもないので流されることにした。
「ドーカネ!」
そんな事をしていると姫様が俺を呼ぶ。
やっぱり怒っているのだろうか?
俺たちは急いで姫様の元へと向かった。
「村の大半は奪還した。残るはカーネル級を含む一味が陣取るあの一帯のみだ。攻めあぐねている様だから、我々も加勢に行くぞ」
身構えてみたがまるで違う話を持ち掛けて来る姫様。
「ああ、分かった」
何とも拍子抜けしながらそう答えれば、なぜか首をかしげる姫様。
それも一瞬の事、館周辺で敵の進入を防いでいた魔剣騎士を呼び集めた姫様や俺たちが所かまわず火球を放り投げて村へと放火を繰り返すカーネル級一味が陣取る一帯へと突撃すれば、コマンド級やキャプテン級らしき個体を魔剣騎士が容赦なくなぎ倒し、俺と姫様は特に図った訳ではないが、タイミングよくカーネルらしき火炎を操る個体の左右から挟撃する形となった。
「燃えろ燃えろ燃えろー」
そんな叫びを上げて発狂している魔族の両脇へと輝鋼剣と魔剣を突き入れれば、火炎は霧散して消え、背骨を残して切り裂かれた胴から血や内臓を滴らせながら、何事かと周囲を窺うカーネル級。
「トドメだ」
そう言いながら姫様が喉へと大剣を突き入れ、驚愕を浮かべたままの頭部がゴロリと地面に転がり落ちる。
「殿下がカーネル級を成敗したぞ!!」
誰とはなしにそんな歓声が上がり、周囲へと伝播していった。
魔族の掃滅を終えた頃には出火した村の建物は既に焼け落ちており、館もいくつかの黒焦げた柱を残して崩れ落ちていた。
「館が焼け落ち遺体の確認もままならんが、伯爵は複数のジェネラル級に弄ばれ狂っていたため、妾が救済を行った」
館の捜索の際に姫様がそう言えば、誰からも疑義の声が上がる事はなく、姫様の証言通りに事が進められていった。
いくつかのゴブリンが焼けずにあったが、幼生体が徘徊していたと言えば誰も疑う者はいなかった。
バラシてよいのかと思ったが、クイーンの幼体が発生していたというと皆が納得したので良かったらしい。
まあ、ゴブリンを見られた以上、仕方がないのだろう。




